医療法人渓仁会
西円山病院歯科診療部 藤本
篤士
本稿は2003年6月29日に行われた全日本民医連歯科学術運動交流集会の記念講演を一部、加筆・修正したものです。
1 高齢化の医療に対する影響
高齢者とくに要介護高齢者の老化が「義歯」や「食べる」こととどう関わっているのか、お話ししますが、まずは日本の高齢化についてお話しします。
これから50年、日本の人口構造は「ピラミッド」ではなく「ふたつきの人口壷」の形になっていきます。この人口壷の「ふた」にあたる部分が100歳以上の人口にあたりますが、1960年頃の日本では100歳以上の人は150名ほどしかいませんでした。それが50年後、100歳以上の人口は519万人にもなると予測されています。そのときの総人口は1億500万人と予測されていますから、実に20人に1人は100歳以上という時代を迎えることになります。
さらに、高齢化と言っても高齢者がただ増えていくだけではなく、その構成が変化していきます。高齢者のうち65歳から74歳の人口は10年か15年経つと減っていきますが、一方、75歳以上の高齢者は増えていきます。74歳より若い高齢者について調べてみると、精神・身体機能の低下すなわち老化の進行はそれほどのものではありません。つまり、これから10年から15年経つと高齢者がただ増えるだけではなくて、75歳以上の色いろな意味で「トラブル」を起こしやすい老化の進行した高齢者が増えていくということなのです。
高齢化というのは、高齢者の人口が総人口の7%を超えると「高齢化社会」と言われ、14%を超えると「高齢社会」、そして21%を超えたら「超高齢社会」と定義されます。日本が高齢化社会になったのは1970年頃ですが、フランスなどは19世紀半ば頃から高齢化社会でした。次に、高齢化社会から高齢社会になるまでにどれくらいかかったかを見てみると、フランスは115年かかって1970年代に高齢社会を迎えました。ところが日本では1990年代半ばに24年間で高齢社会となりました。さらに高齢社会から超高齢社会になるのに先進諸国は100年弱かかっているのですが、日本は何と43年間で超高齢社会に突入するペースで推移しています。
これは「恐ろしい」ことです。恐ろしいというのは、一例を挙げると、フランスは160年くらいかけて歩道の段差をなくすなどの社会環境のバリアフリー化を進めてきたわけですが、日本はその時間的余裕が43年しかないわけです。そのため日本の高齢化は、世界で最も急速に、しかも社会基盤が高齢者向けに整備されていない社会を迎えることが考えられます。つまり、高齢者が住みづらい国になるのです。高速道路、高速道路と騒ぐ前に、街中至る所にエスカレーターを設置することこそ必要です。そうすれば、お年寄りが家に引きこもる「閉じこもり症候群」を起こすというようなことも随分、減るはずです。
WHO(世界保健機構)は数年前から、「平均寿命」は意味がないと、それに代えて「健康寿命」という指標を発表しています。健康寿命というのはその国で何歳まで健康で生きられるかを表しますが、日本はこれが74.5歳となっています。一方、日本の平均寿命は80.9歳ですから、そこから74.5歳を引いた約6.4年間、日本の高齢者はどこでどのように過ごさなければならないのでしょうか。だからこそ、50年後の平均寿命が90歳と言われる社会で需要としていちばん必要とされる医療・歯科医療とは何かを考え、高齢者にたいする理解をどんどんと深めていく必要があります。
たとえば薬の用法を考えてみても、子どもであれば成人の半分量と言いますが、高齢者の場合は半分量で良いのかどうかがはっきりとは分りません。薬が効いているか効いていないか、よくわからないことが多々あるのです。高齢者の薬物の体内動態というのは個人差も大きく、腎機能も低下し、また脂肪量も減っているということで、非常に不明確なところが多いわけです。
脳梗塞経験者で血小板凝集抑制剤のパナルジンを飲んでいる患者さんが、歯が痛いので抜歯して欲しいと来られました。歯はぐらぐらの状況でしたが、パナルジンを100mg飲んでいると言うので、私は当然主治医にも相談しました。しかしこの方は、口腔ケアをすると抜歯あとの血の止まりも普通で、血液検査してみてもノーマルでしたから、結局抜歯の日に自宅に帰ってもらいました。
ところが、パナルジン50mgを飲んでいる別の方は、上顎の3番が抜けてぐらぐらの状態で「口を閉めるたびに下の歯茎にあたって痛いから、抜いてくれ」と、私の所に来られましたが、主治医に抜歯したいからパナルジンを止めてと言ったら、その主治医はしばらく考えてから「一週間止めよう」と、一週間パナルジン50mgを止めて抜歯したのです。そのときもトラブルなく抜歯して、次の日は「先生お陰様で口を閉じても痛くないし、ありがとうございました」と喜ばれました。ところが、この方は3日後に、パナルジンを止めた影響で全身に梗塞を起こされ亡くなられたのです。
100mg飲んでいた方が服用を止めても全く問題なかったのに、50mgの方はまさにその50mgにすがっていたのです。たかだか歯を抜くためにそれを止め、そのために亡くなられる。そういうこともあります。このように高齢者というのは、まだまだわかっていないのです。
2 老化にとって「食べる」ことの意味
では「食べる」ことと老化の関係はどうなっているのかを続いて考えていきたいと思います。
医療の進歩は死なないということをもたらしました。たとえば脳梗塞を起こした場合、10年前であれば9割の方は亡くなられていましたが、救急医療の進歩で、現在では9割の方が生存します。しかし、「死なない」のだけれども、今度は100%は元に戻らない障害を持った状態で生き続ける方が増えることになりました。また、長寿化という現状もあります。
こうした、病気やそれによる障害、そして老化の影響は明らかです。健康上の問題で日常生活に影響のある高齢者の割合は、1998(平成10)年の「国民生活基礎調査」によると65歳から74歳で20.8%、75歳から84歳で32.5%、85歳以上では約50%となっています。これによって私たち医療者は、リスクをもった高齢者を診療する必要性が増えてきており、今後さらに増えることになります。病気や障害を持った高齢者の増加ということは、総合的に1人の患者さんを治療する必要性が増すことになります。つまり、包括医療が必要とされるのです。そのためにはできるだけ幅広く、歯科に限らず、老化と栄養と口と義歯の関係を勉強していく必要があります。
私たちの身体は、脂肪の部分と脂肪を除いた除脂肪体重の2つの部分からなっています。たとえば、20代の人の脂肪組織量は平均で10kg、除脂肪体重の部分は60kgですから、20代の人の平均体重は70kgになります。このうち除脂肪体重の部分を見ると通常、男性も女性も20代をピークとして減少していきます。20代のピークを100%とすれば、除脂肪体重が15%低下すると細胞性免疫能力が低下し、20%低下すると気管支肺炎になりやすくなり、30%低下すると歩けなくなり、35%低下すると尿路感染症を起こしやすくなり、40%低下すると寝たきり状態になり、45%低下すると褥瘡を起こし、そして50%を割ると人間は死んでしまいます。そういうふうに身体はできています。
ところが、栄養状態を悪化させる要因が何かあるとすれば、たとえば胃癌で胃をとった、歯科で言えば右下5、6、7の欠損となるとします。すると、本来は老化によって徐々に死に近づくのが、急速に除脂肪体重が低下することで、いろいろなトラブルが身体に出て、さっと亡くなってしまうのです。
歯列が全部そろっている状態で1,000kcalのものを食べるとすると、消化・吸収されやすいように口腔内で食塊形成されて、胃・消化管を通って排泄されるという行為が進められます。それによって1,000kcalがきちんと身体に吸収されるわけです。
ところが5、6、7欠損をそのまま放置してしまうと、口腔の食塊形成能力が低下し、1,000kcalのものを食べても身体には950kcalしか吸収できない形になるかもしれません。確かに50kcalと言ったらチョコレートひとかけら分ですが、1日3食では150kcal、1ヶ月では4,500kcal、1年では54,500kcalになります。青壮年の場合はそれぐらいの低下はほとんど問題になりませんが、年をとって70、80歳になるとその50kcalが響いてくるのです。ですから義歯というのは非常に重要な意味を持つのです。
つまり、食べ物を食べ、それを体の中で消化・吸収して排泄するという一連の行為が効率的に継続してできること、これが「食べる」ということです。単に口から食べ物を摂って、それを胃の中に放り込めたら食べるではないのです。ですから、入れ歯が口にフィットしているなら、それで歯科医の仕事は終わりにはなりません。
栄養状態を高い状態にもっていくということは、様ざまなストレスに対する余力を保つことになります。栄養状態が高ければ、嫁にいびられた、風邪を引いた、ゲートボールのやりすぎで腰が痛くなった、それでご飯が食べられなくなった、そういうさまざまなストレスに対して対応できる余力ができます。
寝たきりになる要因として最近になって峯廻先生が、転倒と痴呆と失禁であるのだけれども、実は栄養状態が悪くなると転倒や痴呆、失禁を起こすということを明らかにし、栄養状態が悪い所に、転倒や痴呆、失禁のケアをしてもそれは砂に水を撒くようなものだと言っています。つまり、高齢者のケアのベースは栄養状態をアップさせることにあり、口から「食べる」ということになります。歯科医療者の仕事というのは、その予防にもつながっているということを認識する必要があります。
本当にそんな栄養失調状態の高齢者がこの日本にいるのか、と言われるかもしれませんが、高齢者の特徴的な低栄養状態というのは、protein
energy malnutrition(PEM)、つまりタンパク・エネルギー低栄養状態で、元国立健康栄養研究所の杉山先生が調べられたものによると、全国の高齢者施設に入所されている約4割の高齢者が、福井県の在宅訪問患者では3割以上の方が栄養失調状態だったそうです。日本の要介護の状態になった高齢者の3割か4割というのは低栄養状態と考えられます。
低栄養状態になるのは老化で仕方ないという考え方もありますが、歯科的治療で行き過ぎた低栄養状態が改善する可能性は随分あります。栄養状態が悪化すると、痴呆・失禁・転倒などを起こしやすくなって寝たきりになるリスクは増大しますが、それだけではなくて自分のことを健康だなと思えなくなり、リブレッションを起こしやすくなって感染症を起こしやすくなる。そうして、どんどん、どんどん、寝たきりそして死んでいくということにつながるわけです。栄養状態のよい人と比較すると2年後の死亡率が1.9倍になります。
義歯と老化の関係
高齢者にとって栄養は大変重要な問題だと理解してもらえたと思います。では、患者さんはいい入れ歯を入れたら一生何でも食べられるのでしょうか。
私が悩むのは、補綴学的に正しいと思われる、きっちり吸着していて下顎とのかみ合わせの義歯をつくっても、口蓋をくり抜いた吸着のまったくない上顎義歯や下顎に人工歯だけくっついている細い入れ歯のほうが食べやすいと、患者さんから言われることです。また、上下総義歯でも食事時には下の義歯は外して上の義歯だけで食べる方もいます。入れ歯は上下ないと食べられないはずじゃなかったのか、と悩むのです。
そこで、要介護高齢者の食べるところを実際に観察してみました。すると、「食べる」ということには、咀嚼して嚥下して食べるステージと、咀嚼しないで嚥下だけで食べているステージというのがあると思われたのです。たとえば、嚥下だけで食べているような老化の進行した要介護者に、口によく合った義歯を入れても咀嚼や嚥下が劇的に改善したり、摂食可能な食物レベルが著しく改善した症例はほとんどありません。
実際に当院の高齢者も、普通食を食べているのは全体の3分の1しかいません。あとは刻み食や軟菜食、ミキサー食です。年をとると食べ物も細かく小さくされたものになるわけです。なぜこうした摂食可能な食物形態が変化するかというと、青壮年であれば食べれば何でも消化・吸収して排泄することができますが、老化が進行して身体機能とか精神機能が低下するにしたがって、より養分を吸収して排泄しやすいものを食べる必要がでてくるのです。たとえ歯が30本近く残っていたとしても、食塊形成能力が低下していればその人たちは口の中で食べ物を吸収できる形にできないため、軟らかくしたものを食べなければいけません。逆に満足に歯がなくても、消化吸収能力や排泄能力が十分にあれば普通の食べ物を食べることができます。
身体機能・精神機能と摂食能力の関係
それぞれ摂食可能な食物形態と高齢者の身体機能とか精神機能はどういう関係なのかを見てみましょう。
最初は普通食の方で、17本残存歯が残っていて義歯は不使用です。普通私たちが使うような食器から食べたいものをスプーンを使って上手にすくって口の中に間違いなく運んで、咀嚼して食べます。そして、口の中に残っている量とどれくらい口の中にはいるかを考え、適切な量を用意し、そして、口の中のものを飲み込むと同時に、次を入れて食べています。
次は刻み食の方で、上下総義歯を使っています。そうめんは半分に切ってありますが、自分でそれをすくって口を開けて、口の中に運んで食べることができます。咀嚼して食べ、なくなったら口の中にまた次のものを運ぶことができます。普通食の方と変わりないようですが、刻み食を食べている人たちというのはやはり、少し身体機能のレベルが落ちてきます。ですからお箸は使えませんし、スプーンでもうまくすくえない時があります。
次は五分菜食です。刻み食をさらに細かくしたものを食べている人たちのレベルになると、手などはかなり不自由ですから、主食と副菜を1つの器に盛りました。また、食器の背も低くなります。これは、背の高いお皿は手首を曲げてすくわなければいけないため、老化が進むと平らな食器でないとすくいづらくなるからです。
超刻み食になると平らなお皿で、食べる時は自分でスプーンがもてないので介助者がもたせてあげています。
ミキサー食のレベルで脳梗塞後左麻痺の方で、咀嚼・嚥下機能の口腔の部分に障害は残らなかった人です。この方は歯は残っていて義歯不使用です。食物認識はできていますが、身体機能が低下しているために取り込みなどが介助でないとできません。
さて、この人は咀嚼・嚥下していますか。自分の歯は残っているのです。咀嚼・嚥下しているのでしょうか。102歳のおばあちゃんと比べてどうですか。この人にもし総義歯を入れるとしたら、どういう条件の総義歯が必要でしょうか。咀嚼・嚥下するために義歯でしょうか。いかがでしょう。
さらにレベルが落ちて流動食です。脳梗塞後の左麻痺です。食べるということは1回ずつ息を止め、ごっくんと飲み込みます。ですから非常に疲れやすいことなのです。麻痺の人は間接訓練としていろいろな訓練をしているなかで、たとえば腹筋を強くするために腹筋の運動とか、そういうような訓練をしてきて、摂食訓練に移行します。
義歯・残存歯と摂食能力との関係
身体機能や精神機能の変化とともに摂食可能な食物形態が変化していき、老化が進行に合わせて養分を吸収して排泄できるものを食べる必要があることがわかると思います。では、義歯や残存歯は摂食可能な食物形態にどの位関わっているのでしょうか。
老化というのは、精神機能と身体機能の低下を主とする総合的な機能低下状態です。摂食可能な食物形態は身体機能、精神機能の低下とどう関係するのかを調べてみると、食べるものの形態が小さく細かくなるにしたがって、痴呆が進んでいき、同じように身体機能低下、さらには生活の自立度も低下しています。
1年の予後を見ても、普通食の方が1年後に常菜から刻みになったらマイナス1というように、食物形態が何段階低下したかを調べ、低下した分の平均の機能の変化量というのを求めました。すると、食物形態が小さく細かくなるにしたがって痴呆も進み、身体機能もそれに並行して低下し、生活の自立度も悪くなっています。
また、摂食可能な食物形態は生命予後に影響するかを調べると、常菜食の方の累積生存率を時間の経過とともに見てみると、1(全員生きている)、0.8(2割の方が亡くなった)、0.6、0.4、0.2、0(全員亡くなった)です。常菜食の方はこういうふうに徐々に死んでいくのですが、食物形態が悪くなるにしたがって累積生存率が悪くなっていくのです。
このように、老化とともに摂食可能な食物形態は小さく、軟らかいものに変化します。そして、摂食可能な食物形態は生命予後にも影響を与える可能性があります。
摂食可能な食物形態を変化させる要因
では、摂食可能な食物形態を変化させる要因は何かを調べると、全身要因としては年齢、身体機能、痴呆程度、生活の自立度、栄養状態という5つの要因が浮かび上がります。65歳から74歳で摂食可能な食物形態が普通食であるために必要な要因は、身体機能と栄養状態です。75歳から84歳になるとそれらとともに痴呆の程度が関係してきます。85歳以上になると生活の自立度も関係してきます。
さらにこれらに、義歯を使っているかどうか、また自分の歯が残っているかどうかも含めた8項目で統計処理してみると、65歳から74歳には入れ歯は関係ありませんでした。多くは歯が残っているからです。次に75歳から84歳くらいでも関係はありませんでした。ただ、85歳以上になると義歯使用や残存歯と言う要因が非常に大きな影響を与えてくることがわかりました。
たとえば、76歳女性で痴呆の程度が36、生活の自立度が14、身体機能が10、BMIが12.5という値を統計処理すると4.62と出ます。4.62というのは五分菜から刻み食に適当します。この方が実際に刻み食を食べているのであれば、適切な食物形態のものを食べていると言えます。もしこの方がミキサー食を食べていたとしたら、歯を治療して食物形態のレベルが上げられる、という診断になります。
87歳で同じような統計処理をして0.3でミキサー食が妥当とでたとして、もし刻み食を食べていたら、本来ならば食べられないものをきちんと食べているわけですから、それを維持するために必死になってでも口腔ケアする意味があります。
義歯と食物形態の関係は、常菜食の方の義歯使用率は非常に高いですが、一方、刻み食、五分菜食、超刻み食、ミキサー食になるほど義歯使用率は低下します。そして、超刻み食からミキサー食が義歯使用可否の大きなターニングポイントになります。つまり先ほどの算定式で考えると、0から2になると義歯を使えるか使えないかの境目で、その値が3や4になると義歯が使えるはずだと診断できます。ですから、値が3や4の人が義歯を既に使っていればそのままですが、使っていなかったとしたら必死になって合う義歯をつくる努力が必要です。しかし2以下の患者さんや、家族からどうしても義歯をつくってくれと言われたら、義歯を使うのはちょっと難しいかもしれないけれどもと、よく説明した上で作製する必要があります。
義歯をもっている人について使用状況を調べると、年齢群でもだいたい15%の人が平均して使っておらず、年齢の差はありませんでした。ところが、痴呆の段階別で見ると、痴呆がある程度以上進むと義歯の使用率が低下していました。同じように、体の機能がある程度以上低下するとやはり使用率が低下し、生活の自立度もある程度以上悪くなっても使用率は低下しています。また、BMIの低下でも使用率が低くなります。
さらに義歯の使用、不使用と咬合支持の有無と残存歯有無に関係があるかないかも調べました。すると、統計的な優位差は認められませんでした。
これらの要因をロジスティック回帰させてみると、義歯使用に影響を与える要因は65歳から74歳では、特に有意なものではありませんでした。75歳から84歳の場合は、身体が動くかどうか、そういうことが非常に重要になっている。85歳以上になると痴呆が進行しているかどうかというのが義歯の使用に大きな要因を及ぼしているということがわかります。
また、生命予後に及ぼす要因は何かを調べてみると、時間の経過とともに年齢という要因だけでは死亡率に変化はありません。つまり、年をとっているから早く死ぬというわけではないのです。ところが、痴呆が進んだり、身体機能が低下するとやはり生存率が悪くなる。生活の自立度が高い方がやはり生命予後はいいのです。つまり、全体としてみた時に、生命予後に対して影響を及ぼす要因は身体機能と栄養状態だということが分りました。
そこに義歯使用と残存歯と咬合支持の有無の要因も含めて統計処理をすると、義歯不使用群のほうが生命予後が良く、残存歯があるという人のほうが、ない人よりも生命予後がよく、咬合支持がある人のほうが、ない人よりも生命予後がいいのです。
これらを総合的に判断すると、身体機能と栄養状態が生命予後に影響を及ぼすのですが、口の要因を調べてみると、身体機能は義歯使用ということに置き換わり、身体機能のなかでも口腔摂食に関係のある、義歯を使えるという機能が人の生命予後に非常に大きな影響を及ぼしていることがわかります。
口から食べることの重要性というのは昔からいわれていることですが、最近では免疫機能の保全ということが言われます。たとえば、腸管というのは最大の免疫臓器ですが、食べるものの形態が小さいあるいは点滴の腸管の絨毛繊維は、通常のものを食べている場合とを比べると、非常に短くなっているのがわかります。これは免疫機能がかなり低下しているということです。摂食の状況で腸管の状態が変わってしまい、免疫機能が低下するのです。このように栄養と免疫とには非常に強い関係があることも明らかになってきました。
高齢者のケアにとっては身体機能と栄養が重要となってきますが、このうち身体機能はリハビリテーションで、リハの医師やOT、PT、STが、そして総合的な栄養ケアは医師や看護師が、そして75歳から85歳以上になると、歯科医療者が口をうまくコントロールしていく。こうした総合的な戦略を策定していくことが、これからの高齢者医療に必要とされていくのではないかと思います。