【新連載】53.禁煙補助薬(チャンピックスⓇ、ニコチネルⓇ)の副作用
悪夢・幻覚・幻聴・意識消失・意欲低下・不眠・うつ症状・嘔気・皮膚掻痒感など
タバコを吸うと、タバコに含まれているニコチンが肺から血中に入り、そして脳に達します。ニコチンが脳の受容体に結合するとドパミンが放出され、ドパミンが放出されると快感が生じ、さらにタバコを吸いたくなります。精神的にも身体的にもタバコが止められなくなるのは、ニコチンの持つ強い依存性が原因です。
この喫煙習慣は「ニコチン依存症」として治療が必要な病気とされ、タバコの害の認知とともに禁煙補助薬が注目されてきました。
禁煙は必要ですが、この副作用モニターを参考に禁煙補助薬のリスクを知り、禁煙支援に役立てて下さい。
■チャンピックス(バレニクリン酸酒石酸塩)の精神神経症状に注意
副作用モニターでは、「チャンピックスによる、抑うつ症状の増悪・不眠・嘔気」に発売当初から注目し、注意喚起を行ってきました。
症例)70歳代男性、基礎疾患にうつ病あり。ニコチンパッチで禁煙に失敗した経過があり、本人の希望でチャンピックスによる治療を開始。1回の服用で嘔気が起こり、開始後4日目で不眠・うつの悪化があり、自己中止。中止によって症状は改善した。
チャンピックス(バレニクリン酸酒石酸塩)は、禁煙を目的に開発された経口禁煙補助薬です。同剤は、米国で2006年8月に「Chantix」の製品名で発売され、EUでも同年12月に「Champix」の製品名で販売が開始されました。日本では2008年5月に販売が開始されました。
チャンピックスはニコチンを含まず、脳内に分布するα4β2ニコチン受容体に高い結合親和性をもちます。これによって禁煙に伴う離脱症状やタバコへの切望感を軽減します。
一方で、同剤を服用中に再喫煙した場合には、α4β2ニコチン受容体にニコチンが結合するのを阻害し、拮抗薬(アンタゴニスト・antagonist)として作用します。これによって、喫煙から得られる満足感を抑制します。
米国での調査では、チャンピックス服用者に重篤な精神神経症状が認められています。その内容には、行動の変化・激越(興奮など)・抑うつ気分・自殺念慮・自殺企図・自殺既遂が含まれています。これらの症状は、精神疾患に罹患していない服用者にも認められており、精神疾患に罹患している服用者では、症状が悪化した例もあります。
2008年2月に、米国食品医薬品局(FDA)から、同剤の重篤な精神症状に関する通知が出されました。通知では、製造業者であるファイザー社に対し、添付文書の「警告」及び「使用上の注意」の項に、重篤な精神神経症状に関する情報を、より強調して記載するよう求めました。医療従事者は、チャンピックス服用者に重篤な精神神経症状の兆候がないか、よく観察する必要があります。処方前に精神疾患の既往を聴取することも大切です。
(民医連新聞 第1452号 2009年5月18日)
■チャンピックス(バレニクリン酸酒石酸塩)の副作用-1
副作用モニターに、チャンピックスの副作用は2010年までに24件報告されていました。内訳は、消化器系症状が20件(主に嘔気で、ほか便秘、口内炎)、悪夢など精神神経症状が9件、頭痛3件でした(重複あり)。精神神経症状には、高齢者で意識消失を起こした例、基礎に精神疾患のある患者で悪夢・幻覚の起きた例がありました。
症例1)悪夢・幻覚が出現した例
30歳代男性。現病歴に解離性障害があり、精神科医師から「慎重投与」との指示があった。禁煙希望でチャンピックスのスターターキットを服用開始した。4日目に0.5mgを1日2回投与に増量したところ、悪夢が出現。7日目に各1mgを1日2回投与に増量。11日目に悪夢と夜間の幻覚・幻聴が出現。「サラリーマンや女の子が見える」と訴えた。14日目には、本人が「悪夢、幻覚はあるが慣れてきた」と言い、禁煙の意思もあるため、そのままの量を継続。21日 目に、精神科医師から「チャンピックスによる錯覚が出ており、服用が不利益をもたらしている」と指摘された。本人は気になっていないようすだったが、喫煙が1日30本で、禁煙効果も出ていないため、チャンピックスは中止し、ニコチネルTTSに変更した。
症例2)意識消失が出現した例
70歳代男性。喫煙は普段1日30本。チャンピックス開始2週後に風呂で転倒(1mgを1日2回服用中)、しばらく痛みのため寝ていた。この時、喫煙は1日10本で、他人が吸っていると自分も吸ってしまう状態。4週後は、喫煙1日5~6本に減り、立ちくらみはなし。6週後、喫煙は1日12~13本に増加。風呂場で3~4回意識消失があり、投与中止した。8週以降に意識消失は起きていない。
症例3)意欲低下・落ち着かない・不眠・悪夢が出現した例
50歳代女性。チャンピックス開始4週後に不眠を訴える(この時1日量2mg)。5週後に、悪夢・意欲低下が見られ、日中も落ち着かないと訴えた。同薬を1日量0.75mgに減量。その1ヶ月半後、不眠・悪夢・意欲低下・落ち着かないという症状は改善。服用を継続し、症状はなく投与を終了した。
症例にみるように報告された副作用の多くは、1日量を1mgまたは2mgに増量した後に発現しています。患者に対し、増量時の副作用について説明が必要です。
(民医連新聞 第1473号 2010年4月5日)
■チャンピックスの副作用に再度注意を-2
2010年10月にタバコが値上がりし、禁煙しようという人が増えました。それと同時に禁煙外来を受診する人も増え、禁煙用薬のチャンピックスを服用する患者が増加したため、再度の注意喚起を行いました
チャンピックスは脳内のニコチン受容体にニコチンの代わりに結合して部分作動薬作用(刺激作用と拮抗作用)を示します。この薬の副作用で多いのは、頭痛・不眠・不安・悪夢・抑うつなどの精神神経系の副作用と、嘔気などの消化器症状、および皮膚症状です。全日本民医連副作用モニターに報告された過去1年間の集計でも、精神神経系の副作用が18症例(不眠7、異常な夢1など)、消化器症状が25症例(嘔気13など)、過敏症症状が3症例、その他2症例となっています。計48症例のうち、11症例は投与中止、13症例は減量になりました。
精神神経系の副作用には特に注意が必要です。不眠・悪夢のほか、抑うつ気分・不安・興奮といった思考や行動の変化などが現れることがあります。これらの症状はうつなどの精神疾患の既往歴がなくても発症します。精神疾患の既往歴がある人では、再発や悪化の恐れがあるので、投与は避けるべきです。実際に、向精神薬の服用歴がない患者がチャンピックスを開始し、心療内科の受診が必要になるほどの精神障害を起こした症例がいくつか報告されています。
禁煙治療ガイドラインには、精神神経症状が出現した場合にチャンピックスを継続服用するのかどうか、対処法が記載されていません。しかし、その場合は服用を中止し、ニコチネルパッチなど他剤に変更するなどし、禁煙治療を慎重にすすめるべきです。
また、消化器症状で嘔気の発現頻度が高く、初回服用時に嘔気が出現することを、服薬指導では説明することが必要です。嘔気が出現した場合、嘔気止めの併用で服用継続できる場合もあるので、その旨を説明し、処方を検討することが大切です。
そのほか、掻痒感、発疹などの皮膚過敏症状も多く報告されています。いずれの場合も、投与初期、増量時に発症しやすいので、常に患者さんの状態を観察し、体調変化があればすぐに主治医、薬剤師に相談するように伝えることが大切です。
(民医連新聞 第1498号 2011年4月18日)
■チャンピックス(バレニクリン酸酒石酸塩)の副作用-3
バレニクリン酒石酸塩は2008年1月に「ニコチン依存症の喫煙者に対する禁煙の補助」の効能・効果で承認され5月に発売、国内累積使用者数は約85万人と推定されています。全日本民医連・副作用モニターでは、2008年から2012年までに97例(複数症状発現を含む)の副作用症例が報告されています。医薬品安全性情報 No284(2011年10月)で「チャンピックス錠による意識障害に係る安全対策について」の注意喚起が行われたことを受け、副作用症例をまとめています。
主な副作用症状は次の通りです。
【消化器】吐き気52件、便秘17件、胃部不快感9例、その他16件
【精神障害】不眠13件、悪夢10件、頭痛8件、うつ7件、イライラ4件、その他3件
【神経系障害】眠気4件、意識消失2件、その他4件
さらに、かゆみ・発疹が6件、呼吸困難・過呼吸2件、添付文書の記載がない副作用では着色尿1件などが報告されました。発現期間は、1日以内21件、4日以内10件、10日以内41件、14日以内33件、1~2ヶ月以内41件、5ヶ月1件、不明18件で、副作用症状と発現期間の関連性は認められませんでした。
意識消失の2例はチャンピックス錠1mg服用後の発症で、非常に危険な状況でした。
症例1)基礎疾患なし、車の運転中に意識消失し道路の側溝に突っ込む
症例2)基礎疾患は糖尿病・狭心症、風呂場で意識消失
精神疾患のある患者への投与は、解離性障害1例、統合失調症2例、うつ病2例と計5例で認められ、このうち4例で悪夢、幻覚、うつの悪化等の精神障害の副作用が発現しました。
製造販売元のファイザーでは、「チャンピックス錠の服薬指導」を強化するための文書と新たな指導箋を出しました。精神疾患患者への使用は「慎重投与」とされており「警告」にあるように、投与の際には患者の状態を十分に観察することが必要です。また「運転等危険を伴う機械操作はしないこと」を徹底する必要があります。
喫煙者は、セロトニンやドパミン等の脳内神経伝達物質が分解されにくく濃度が高い状態にあると考えられています。禁煙に伴いこれらの伝達物質の放出と濃度が低下した状態となり一時的なうつ症状(禁煙うつ)が出現することがあります。うつ、イライラなどの症状を認めた例4件で、チャンピックス錠の中止、喫煙の再開により副作用症状が速やかに改善しました。症状は副作用ではなく、「禁煙うつ」の可能性も考えられます。
安全で有効な禁煙治療をするために、バレニクリン酒石酸塩投与中の管理・指導は継続的に行う必要があると考えます。
(民医連新聞 第1524号 2012年5月21日)
■減らないチャンピックスの副作用
最近でも副作用の発現状況は変わりません。消化器症状(悪心、吐き気、胃部不快感、胸やけ、下痢、便秘、腹痛など)、精神神経症状(不眠、頭痛、悪夢、倦怠感、眠気、うつ、イライラ、気分の落ち込みなど)のほか、因果関係が否定できない薬物性肝障害の報告が散見されます。
また、浮腫も報告されました。
症例)40歳代女性
チャンピックス0.5mg開始。1日目からむくみ出現し、3日続いたため病院に連絡し服用中止。むくみは顔・足など身体全体にあり、ズボンがはけないほどだった。中止にて改善(併用薬はドンペリドンのみ)。
■添付文書の【警告】は削除されてもリスクは変わらない
ファイザー社は、2016年にThe Lancet誌に掲載されたEAGLES試験(大規模国際共同臨床試験)の結果をうけ、国内添付文書の【警告】の削除を厚労省に申請し、受理されました。(2017年7月)
今回削除された【警告】の内容は
禁煙は治療の有無を問わず様々な症状を伴うことが報告されており、基礎疾患として有している精神疾患の悪化を伴うことがある。本剤との因果関係は明らかではないが、抑うつ気分、不安、焦燥、興奮、行動又は思考の変化、精神障害、気分変動、攻撃的行動、敵意、自殺念慮及び自殺が報告されているため、本剤を投与する際には患者の状態を十分に観察すること[「重要な基本的注意」の項参照]
というものです。
精神神経系に関する注意喚起は別項に引き続き記載されているものの、【警告】がなくなることで、投与にあたっての検討や説明、投与中の副作用発現の検証が十分に行われないことも危惧されます。
■ニコチネルTTSの副作用
ニコチン貼付剤であるニコチネルTTSの副作用は、過去3年間に19件報告されています。多くはかゆみやヒリヒリ感、紅斑、丘疹、皮膚刺激感、かぶれなど皮膚症状と吐気、下痢などの消化器症状で、症状の多くは除去後24時間以内に消失あるいは軽減する一過性の
ものです。ニコチンは皮膚刺激性があるため、貼付部位を替えたり、しわにならないように貼ることで継続が可能なケースがほとんどです。
しかし、中にはめまいや頭重感(2件)、悪夢(4件)・不眠(2件)の副作用が報告されており、悪夢の軽減のためには就寝1時間前に剥がす、起床時の対処法をアドバイスするなどの対応が必要になります。
添付文書では「1日1回一枚、24時間貼付する」の記載ですが、朝から24時間貼付した場合と朝貼付して就寝前に剥がした場合とでは禁煙療法に有意差がないことを示すデータもあります。同じ理由で市販の禁煙補助薬では「起床時に貼付し、就寝前に剥がす」となっています。
「夢をみる」「不眠」等を起こす作用機序は、ニコチンが受容体に結合してアドレナリン、ノルエピネフリンの分泌を促すことで覚醒作用を有し、その作用により眠りが浅くなるため夢を見やすくなると考えられます。
しかし、就寝前に剥がすことで起床時にタバコが欲しくなり、禁煙から脱落してしまう恐れもあります。その場合、朝にニコチンガムの併用を対処法にするケースもあるようですが、ニコチネルTTSは1時間でニコチンの血中濃度が定常状態に達することと、半減期が7時間であることから、ニコチンの血中濃度が過度に上昇してしまう可能性があります。
睡眠障害などの副作用がない場合には24時間貼付し、就寝前に剥がす場合には、起床時に「深呼吸をする」「時計の秒針を見つめる」「水を飲む」など他の行動に置き換えて紛らわす、あるいは興味が持てる対処法を一緒に考えることが重要になります。
禁煙が目的である補助剤により、ニコチンの害とは別の弊害が出現していることに、あらためて向き合う必要があります。
問診から禁煙意志の維持に他職種がチームでかかわり、卒煙をサポートしていきましょう。
画像提供 京都民医連 一般社団法人メディカプラン京都
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**【薬の副作用から見える医療課題】**
全日本民医連では、加盟する約650の医療機関や354の保険薬局からのデータ提供等を背景に、医薬品の副作用モニターや新薬評価を行い、およそ40年前から「民医連新聞」紙上(毎月2回)などで内外に情報発信を行っております。
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1.民医連の副作用モニターとは~患者に二度と同じ副作用を起こさないために~
2.アルツハイマー治療薬の注意すべき副作用
3.味覚異常・聴覚異常に注意すべき薬剤
4.睡眠剤の注意すべき副作用
5.抗けいれん薬の注意すべき副作用
6.非ステロイド鎮痛消炎剤の注意すべき副作用
7.疼痛管理に使用する薬剤の注意点
8.抗パーキンソン薬の副作用
9.抗精神薬などの注意すべき副作用
10.抗うつ薬の注意すべき副作用
11.コリン作動性薬剤(副交感神経興奮薬)の副作用
12.点眼剤の副作用
13.消化器系薬剤の様々な副作用
14.ジゴキシン(強心剤)の注意すべき副作用
15.抗不整脈薬の副作用
16.降圧剤の副作用の注意点
17.トリプタン系薬剤(片頭痛治療薬)の副作用について
18.脂質異常症治療薬の副作用について
19.喘息及び慢性閉塞性肺疾患治療薬の副作用
20.潰瘍性大腸炎治療薬の副作用
21.抗甲状腺ホルモン剤チアマゾールによる顆粒球減少症の重症例
22.過活動膀胱治療薬の副作用
23.産婦人科用剤の副作用
24.輸液の副作用
25.鉄剤の注意すべき副作用
26.ヘパリン起因性血小板減少症
27.高尿酸血症治療薬の注意すべき副作用
28.糖尿病用薬剤の副作用 その1
29.糖尿病用薬剤の副作用 その2
30.糖尿病用薬剤の副作用 その3
31.抗リウマチ薬「DMARDs」の副作用
32. ATP注の注意すべき副作用
33. 抗がん剤の副作用
34. アナフィラキシーと薬剤
35.重篤な皮膚症状を引き起こす薬剤
36.投注射部位の炎症等を引き起こす医薬品について
37.間質性肺炎を引き起こす薬剤(漢方薬を除く)
38.漢方薬の副作用
39.抗生物質による副作用のまとめ
40.抗結核治療剤の副作用
41.抗インフルエンザ薬の副作用
42.ニューキノロン系抗菌薬の副作用
43.水痘ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス治療剤の副作用
44.薬剤性肝障害の鑑別
45.ST合剤の使用をめぐる問題点
46.抗真菌剤の副作用
47.メトロニダゾールの副作用
48.イベルメクチン(疥癬を治療するお薬)の副作用
49.鎮咳去痰剤による注意すべき副作用
50.総合感冒剤による副作用
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52.健康食品・サプリメントによる副作用
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