診察室の気づきが発端 不当な指導やめさせ生保運用改善させた 奈良 吉田病院
奈良・吉田病院の宮野栄三さん(医師)は、診察室で生活保護を利用している患者(以下、Aさん)の異変に気づきました。Aさんは生駒市生活支援課(以下、支援課)から人権侵害を受け、他にも多くの被害者がいたのです。ともにたたかった民医連職員(元職員含む)に、経緯を聞きました。(松本宣行記者)
支援課から患者を守れ
2020年10月、宮野さんは診察中、困難な人生を送ってきたものの芯の強いAさんが、弱りきり涙ぐむ様子から、暮らしぶりを聞きとりました。支援課はAさんに転居と就労を強要。「従わなければ保護を打ち切る」と言っているとのこと。宮野さんは「支援課が弱者を追い詰めるなんて理不尽は許せない。患者を守らなければ」と怒りをおぼえました。
医師の意見書に「関係ない」
生駒市の支援課は、生活保護申請を受け付けない「水際作戦」に加え、いったん保護を開始した後に強引に打ち切る「硫黄島作戦」(※1)を実行しているのか、同市の生活保護利用者数は、2019年を境に急減します(図)。
2020年12月、同病院の事務、桝井隆志さん(現・奈良市議会議員)が、Aさんに同行支援しました。桝井さんは当時の支援課の対応をこう語ります。「Aさんは精神疾患で就労不可の診断なのに、就労指導されていました。意見書を持参しても、支援課は『医師の意見など私たちには関係ない』と言うのです。Aさんのことも『お前』呼ばわりするなど、ありえないものでした」。桝井さんは食い下がり、支援課は就労を保留にしましたが、転居は譲りません。桝井さんは赤山泰子さん(SW)に協力を求めました。
取り囲まれ土下座
赤山さんは支援課で、あまりにも理不尽な光景を目にします。支援課の職員たちがAさんを取り囲み「目を見て謝れ」「母親失格や」と怒鳴り、Aさんが土下座する姿です。「とっさに止めに入りました。支援課は『あんたは関係ないやろ』と。Aさんが『小さい声でお願いします』と懇願しても、畳みかけるように怒鳴る。市役所の職員がこんなにひどいことをするのかと、ショックでした」と赤山さんはふり返ります。赤山さんが事情を聞くと、知的障害のあるAさんの子どもが、転居の強要に対し、支援課職員に怒ったことに、支援課が「逆ギレ」していたのです。
学習重ね市民運動へ
社会保障や福祉の関連団体は、支援課の酷薄(こくはく)な対応を、個々に把握していました。組織的対応が必要と考え「生駒市の生活保護行政をよくする会」(現・奈良県の生活保護行政をよくする会。以下、よくする会)を結成。学習会などを重ね、生活保護なんでも相談会を実施し、多数の被害を把握。後に国賠訴訟となったBさんの事例も明らかになりました(※2)。
「しおり」チェックひろがる
生駒市の生活保護行政についてとりくむなかで、同市の「生活保護のしおり」に問題のある記載を発見。市と懇談を行い、しおりの改善を求めました。他の自治体の案内文書にも問題記載があることが判明(表)。県内全福祉事務所の文書をチェックして点数化。しおりをチェックするとりくみは県外にもひろがりを見せています(※3)。
Bさんの国賠訴訟の判決後、生駒市に第三者による検証と改善策について協議を申し入れましたが、同市は拒否。赤山さんは「生駒市は私たちをクレーマー扱いしているのか、市長は生活保護制度の運営に全力でとりくむとコメントしながら、その姿勢が見えません」と憤ります。
医療から発信する社会的処方
宮野さんは「行政職員はトップダウンと緊縮財政で、全体の奉仕者という使命感を喪失して、葛藤(かっとう)しているように思います。医療の現場から発信する社会的処方が、大事です」と運動の視点を語りました。
※1 旧日本軍が硫黄島に米軍を上陸させて迎撃した作戦に由来。
※2 支援課は精神疾患のBさんに、認知症の母と同居すれば生活保護は不要として、保護を廃止。その後同居できず困窮。保護申請を2回するも却下。国賠訴訟となり、奈良地裁は却下を違法と認定。生駒市は控訴せず判決確定。
※3 『賃金と社会保障1848号2024年4月下旬号』に赤山さんのレポート掲載。
(民医連新聞 第1819号 2024年12月2日・16日合併号)
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