ビキニ被ばく70年 核実験場にされた島のいま マーシャル諸島で健康相談 愛知・名南病院 早川純午さん
今年は、アメリカがマーシャル諸島共和国(※)のビキニ環礁(かんしょう)で行った核実験から70年。日本でも多くの漁船が被ばくし、現在も元船員や遺族が救済を求めてたたかっています。その70年の節目に日本とマーシャルの友好を深め、核兵器禁止条約(※2)への理解や批准をすすめようと、原水爆禁止日本協議会(日本原水協)が代表団を派遣。民医連からも愛知・名南病院の早川純午さん(医師)が参加し、健康相談を行いました。現地での活動や現状を聞きました。(稲原真一記者)
―今回の訪問の目的や旅程を教えてください
私は日本原水協から民医連への医師派遣の要請に応え、現地での健康相談を行うために訪問しました。前回の訪問(2017年)の話は聞いていましたが、参加は初めてです。日本からはグアムを経由し、乗り継ぎも含めるとほぼ1日かけての渡航となりました。
代表団には、ビキニ被ばく船員訴訟の原告団長の下元節子さんや、オーストリア大使のトーマス・ハイノッチさんが同行。私は3月1~9日の期間の滞在でしたが、代表団は2月26日から現地に入り、被ばく者や国会議員、首長などとの懇談も行いました。
―健康相談の内容や結果について教えてください
健康相談は、首都のマジュロ環礁と強制移住者の住むエジット島で計5回行い、61人が参加しました。相談では基本的な血圧、血糖の測定、携帯型エコーによる甲状腺エコー検査を行いました。今回は身長や体重が測れなかったため、肥満などは目視による主観で判断。問診は、英語が堪能な原水協事務局次長の土田弥生さんにお願いしました。
一目で肥満の人が多いことが目につきました。検査結果(表)をみても、高血圧や糖尿病の有病率は非常に高くなっています。血糖値は測定不能なほど高値の人もいましたが、投薬などの治療を受けている人はごく一部でした。また甲状腺の異常は有意に多く、全摘出の人も2人いるという状況で、被ばくの影響が疑われます。
―医療体制や生活環境はどうでしたか?
はっきりした医療体制はわかりませんでしたが、近くには診療所が一つあるだけで、専門的な治療や手術が必要な場合は、ハワイや台湾、アメリカ本土などに渡航しているようです。アメリカは住民の健康調査も行っていますが、広島、長崎のABCC(原爆傷害調査委員会)と同様、島民への結果説明や治療もしていません。
マーシャルの土地は狭く、陸地の多くはサンゴ礁でできた環礁です。真水は雨水を貯める以外は買うしかなく、核実験の当時も汚染された雨水を飲んでいたと考えられます。さらに土壌はアルカリ性で、農業にも適していません。
狭い土地には日常的に運動をする場所もなく、野菜はアメリカなどからの高額な輸入品。仕事がなく、低所得の人が多いので、食生活は安価でカロリーの高い食べ物や、インスタント食品が中心のようです。WHOの発表した世界の肥満状況でも、上位10カ国のうち9カ国が太平洋の国と言われています。
―現地の核兵器禁止条約への受け止めについて教えてください
日程や言語の問題もあって、私は詳しく聞けていないのですが、現地の国会議員でも条約の詳しい内容はわかっていないようでした(詳細は土田さんインタビュー参照)。大統領は賛意を示すものの、「加害国(アメリカ)の責任が弱い」という理由で、マーシャルは条約を批准していません。
―訪問で感じた問題点や課題はなんですか?
ビキニ核実験で、アメリカにより強制移住させられた人は167人ですが、いまも生きているのは9人だけ。日本と同様に、被害の実相の世代継承が大きな課題だと感じました。一方で現地の新聞や記者によれば、若者が被ばくの学習と継承をはじめているとのことです。
直接の被ばくの影響は調査できていませんが、強制移住によるSDH(健康の社会的決定要因)を強く感じました。生業(なりわい)の喪失による低所得、劣悪な居住環境、偏った食生活、十分とは言えない教育など、さまざまな問題があります。さらにマーシャルは海抜が最高でも3メートルで、海面上昇による陸地の浸食など、気候変動の影響も強く受けています。
経済面では、アメリカの経済援助に頼らざるを得ない現状で、援助を盾に基地負担を押しつけられ、アメリカの対中国の軍事戦略にも組み込まれています。
―私たちに今後求められることはなんでしょうか
恥ずかしながら、私はマーシャルのことをあまり知らずに訪れ、帰国後にいろいろと調べました。知っていれば準備できたこともあり、結果を論文にまとめられれば、被害の実相をより具体的に示すこともできます。次の機会には若い世代に参加してもらい、そうしたことも検討してほしいです。
また核そのものをどう考えるか、多くの人が学ばなくてはいけません。いまだに「核抑止」や「核の平和利用」という幻想がありますが、ロシアとウクライナの戦争が示すように、核抑止は機能しておらず、核は採掘や製造の段階でも被害を生むことがわかっています。そして核は一度つくってしまえば、依存してしまい、なくせないことを忘れてはいけません。
いま世界では「加害国の責任」が注目されていますが、日本ではそれほど議論されていません。日本になぜ原爆が落とされたのか、背景にある日本の戦争責任や加害性と向き合うことがなければ、本当の意味での核被害を防ぐことはできないと思います。
* * *
私たちの世代は国際政治の影響も受けて、運動を分断され、いまだにその影響が残っています。しかし、若い世代を中心に「核兵器をなくす日本キャンペーン」のような、違いを超えて運動をつなぎなおす動きが出てきました。
マーシャルには核被害だけ解決しても、どうにもならない問題があります。同様に核廃絶や平和の課題も、ひろい目で見れば、非正規滞在の外国人、ジェンダー、ケアの倫理など、さまざまものとつながっています。日常のなかで「おかしい」と感じること、それを社会の課題とつなげて、幅ひろい人たちといっしょに運動することが必要ではないでしょうか。
用語解説
※ マーシャル諸島共和国
太平洋の赤道付近に位置し、29のサンゴ礁と5つの島で構成された島しょ国。1914~1944年まで日本の植民地支配があり、その後1986年に独立するまでアメリカの統治下にあった。1954年3月1日の水爆ブラボー実験(広島型原爆の1000倍の威力)をはじめ1946~1958年までに、アメリカによる計67回の核実験が行われ、強制移住や被ばくによるさまざまな被害を受けている。
※2 核兵器禁止条約
2017年に国連で採択され、2021年1月22日に発行。93カ国が署名、70カ国が批准する国際条約(7月26日現在)。核兵器の使用や製造だけでなく、共有や威嚇も違法とした初の国際条約。
※3 (核兵器禁止条約)6条、 7条
6条は、締約国が自国で起きた市民、領土の被ばくの被害を救済すると定めた条文。7条は、被害者救済を含めた国際協力や援助、加害国の責任を定めている。
一刻も早い救済と被害の継承を
日本原水協・土田弥生さんに聞く
私は1990年代から訪問していますが、当時から変わらない生活環境、仕事がなく低い補償、汚染の除去や環境保全もすすんでいないなど、被害者や一般国民の置かれている状況は本当に悲惨でした。国内の最低賃金は3ドルで、多くの人は生活が成り立ちません。仕事を求めてアメリカに移住する人がかなりいて、この10年ほどで人口は6万人から4万2千人にまで激減しています。
特にひどいのはウトリック環礁です。アメリカが被害を認めた地域ですが、除染や避難などは一切しないまま住民が暮らしていて、約7割が甲状腺の異常かがんを発症している状況です。国内の被害実態はマーシャル政府が把握しているはずですが、一般には公開されておらず、全体像はわかりません。治療を受けている人は少ないのですが、相談会には人が集まり、健康への不安は大きいと感じます。
現地で行われた3月1日の被害者追悼の式典では、ヒルダ・ハイネ大統領も核兵器禁止条に言及しましたが、「6条の加害国の責任が弱い」と発言。同行したオーストリア大使のハイノッチさんは、6条、7条(※3)の解釈が十分ではないと、3日間国会議員などと懇談を行い、最終日には議員側から追加のレクチャーも要請されました。ハイノッチさんは「6条は、あくまでも国際条約の原則を確認したもの。重要なのは現状唯一の核被害者救済を明確にしている国際条約であるということだ」と訴えています。来年3月の第3回締約国会議では、被害者救済のための国際信託基金の具体化が最大のテーマで、そのためにもマーシャルの参加を促すことが必要です。
70年たって当時を知る人が本当に少なくなりました。核被害や先住地への思いなども話せる人が減っているのが現状です。10年前であれば、「ビキニは良かった」と言う人もいましたが、今では現状を受け入れている世代が多くなっています。
それでもロンゲラップの被害者には帰りたいという人もいますが、「戻った後の生活の保障や医療的なサポートがなければ帰れない。被害を生んだアメリカは、最後まで責任を取るべきだ」と訴えています。被ばくの実相の継承が本当に課題で、いまのままでは80年目の訪問は実現できないかもしれません。今回の訪問で、急がなくてはという危機感が強くなりました。
(民医連新聞 第1811号 2024年8月5日号)