診察室から 父への尊敬と医師不足に思う
徳島健生病院という民医連の病院で初期研修を行った縁もあり、今秋から再び健生病院で働くことになりました。
1980年代に建設された病院は、建て替えで新しくなっていました。天井が低く、廊下の幅もなかった病棟は、歩行器を使用している患者が行きかってもぶつからないほど、広く、明るくなっていました。生まれ変わった病院ですが、働いている職員は変わることなく、地域の患者に寄り添った医療・看護を実現すべく、日々奮闘しています。
私は現在、内科医7年目として消化器を専攻しています。
父親も消化器・肝臓内科の医師でした。当時は胃薬や肝炎ウイルスの治療薬が今よりも少なく、出血性胃潰瘍や静脈瘤破裂により、緊急で内視鏡手術を行うことが多かったようで、父は病院からよく呼び出されていました。当直明けの日も、夜中近くに帰ってくることは普通でした。
約20年そうして働いてきた父親を誇りに思っていましたが、いざ自分が直面してみると、本当に大変でした。当直で睡眠不足の後に外来や検査を行い、休日に日当直が入ることもあり、時間を問わず病棟から電話がかかってきました。研修医時代には、普通に父のようになるものと思っていたはずが、足元にもおよばず、そのうち電話の音を聞くだけでいらいらするようになりました。
そんな時期に、ある病気とたたかう女の子の動画を偶然みました。目標のために、笑顔で治療をがんばっている姿が動画内にありました。動画を見終わった後には、治療をがんばる彼女に対して、忙しい、無理だ、と言えるはずがないと思いました。
それが、目の前の患者さんも同じだと思うと、いらいらすることが少なくなってきました。父への尊敬は変わりませんが、人手不足のなかで同様の働き方を維持するのは困難です。そのなかでどうすれば、患者に寄り添い続けることができるかと考えています。(門田美由香、徳島健生病院)
(民医連新聞 第1800号 2024年2月19日号)
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