手話で聞こえない利用者を支援 介護現場の表現ひろげる 山梨・共立介護福祉センター たから
手話を第一言語として生活する聴覚障害者(ろう者)が高齢になった時、安心して、気持ちよく介護サービスを受けられる環境は、少ない―。ある利用者との出会いをきっかけに、そんな実態を知った山梨・共立介護福祉センターたから(以下、「たから」)では、介護職員が手話を学び、聴覚障害者の積極的な受け入れに乗り出しています。(丸山いぶき記者)
その人をささえるために
デイサービスとショートステイ事業を行う「たから」には現在、6人の聴覚障害のある利用者がいます。うち1人は、視覚と聴覚の両方に障害がある盲ろう者です。
「5年ほど前に初めて、聞こえない人を多く支援する地域のケアマネジャーから相談を受け、1人目のデイから利用が始まった」と話すのは、デイ所長・大﨑紗央理さん。事前に県立聴覚障害者情報センターの支援で学習会も開催。以後、年1回の学習会を継続し、職員のなかには同センター主催の手話講座を受け、さらに手話通訳の資格取得を志す人も出てきています。
デイの保坂菜津紀さん(介護福祉士)も、講座を受けた一人。「習ったことをその利用者さんに披露すると、すごく喜んでいろいろ教えてくれて。だんだん会話ができるようになるのがうれしかった」と笑顔を見せます。
その後ショートの利用も開始。当時ショートの職員だった大﨑さんは、「夜の緊急時対応には不安もあったが、その人の生活をささえるためにと話し合い、職員のアセスメント力が伸びた。高齢ろう者の社会的孤立、介護現場にも体制が求められていることなど、多くを学んだ」とふり返ります。
独居だった1人目の利用者は、ある朝、自宅で亡くなっているところを発見されました。ショート所長・仲井由香里さんは、「職員も大きなショックを受けた。でもその人が残してくれた、聞こえない人とのかかわりを大事にしたいからと、以後“断らない”ことを決めた」と話します。
「楽しい」「うれしい」
9月中旬、デイでは、聞こえない利用者2人と聞こえる利用者がいっしょに、体操やレクリエーションを楽しんでいました。職員がホワイトボードで示す「秋と言えば?」のお題に、お月見、鈴虫、と即席手話講座も。体操では職員が指折りで拍をとり、利用者みんなで童謡を歌う姿もありました。
「ここで過ごす時間は楽しい。職員も手話を覚えて、他の聞こえる利用者も良くしてくれる。聞こえない仲間もいて、手話でおしゃべりできることがうれしい」とデイ利用のAさん。聞こえない利用者同士は、地域のろう学校の知り合いであることも多く、ショート利用の3人も加わり、学生時代の運動会やいっしょに旅行した思い出、家族の話に花を咲かせます。「手話でおしゃべりして、表情が明るくなって2階(ショート)に戻っていくのを見送るとホッとする。ちょっとでも明るい気持ちで仲間が過ごせるとうれしい」とデイ利用のBさん。
社会と同じ多様性を
聞こえない利用者の言葉を伝えてくれたのは、甲府市から派遣された手話通訳士。盲ろうの利用者には、触手話という通訳者の手話を触ってもらって伝える、特別な技術も必要です。「思いをしっかり聞きたい時は、ケアマネに相談して、手話通訳士の協力を得る」と大﨑さん。Aさんも「やはり、気持ちをストレートに表すには手話がいい」と話します。
「たから」が利用しているのは、障害者総合支援法の地域生活支援事業にもとづき、自治体が実施する意思疎通支援事業。「手話通訳は聞こえない人のためではなく、社会のためにある」と、市民の求めに、原則費用負担なしで登録手話通訳士が派遣されます。
甲府市で活躍する手話通訳士の小椋英子さん(日本手話通訳士協会・前会長)は、意思疎通支援制度が介護分野で知られていない課題を指摘します。「『たから』のように聞こえる人と聞こえない人がともにいて、手話でも話せる仕組みや、他のコミュニケーションも工夫する、そんな介護施設が増えてほしい。社会には聞こえる人も聞こえない人もいるのだから」。
「たから」の大﨑さんは「手話も介護で大事なコミュニケーションツールのひとつ。私たちは聞こえない利用者のおかげで、表現の幅がひろがった」と話します。7月には前記センターと共同で、聞こえない県民向けの健康教室を開催。仲井さんは「たから独自でも、聞こえない人が気軽に来られる健康教室を地域で開きたい。そんな野望がある」と笑います。
(民医連新聞 第1795号 2023年11月20日)