生活保護裁判「長洲事件」から考える 「お金の心配なく看護師になりたい」 熊本民医連
熊本民医連看護部会は現在、生活保護裁判「長洲(ながす)事件」を支援しています。同事件では、福祉事務所が保護廃止をねらい「世帯分離」制度を恣意(しい)的に運用。その結果、看護師をめざしていた学生の学びの権利と、自立のための努力が踏みにじられました。事件概要と熊本民医連の支援のとりくみを紹介します。(丸山いぶき記者)
熊本民医連事務局の中山奈央子さん(看護師)は、「全国的にあまり知られていないかもしれないが、看護師が知ったらびっくりするはず。多くの人に、長洲事件を知ってもらいたい」と話します。
■ 「長洲事件」 とは?
原告ら(祖父母)は、生活保護を利用する際、看護専門学校に進学していた同居中の孫を「世帯分離」され、祖父母のみを対象世帯として保護開始に。孫は、自力で生活費と学費を賄ってきました。
約2年後、孫は准看護師の資格を取得し、准看護師として働きながら正看護師課程に進学。孫の収入が増えたことを知った福祉事務所は、今度は孫に祖父母への援助を求め「世帯分離」を解除。孫を世帯に組み入れ、年金と孫の収入で生活させようと、生活保護を廃止しました。
「祖父母の生活費まで出すと、学校を続けられなくなる」。孫は福祉事務所に訴えましたが、聞き入れられず、さらに福祉事務所は、孫の部屋のドアを30分以上叩き続け、援助を迫りました。絶望した孫は1年間、看護専門学校を休学せざるを得ませんでした。
原告(祖父)は、保護廃止処分の取り消しを求めて提訴。熊本地裁は昨年10月3日、世帯分離の解除は違法として、保護廃止処分を取り消しました(原告勝訴)。
しかし、熊本県知事は「断腸の思い」と言いながら控訴し、福岡高裁でたたかいが続いています。
■メッセージ集でエール
9月25日、長洲事件といのちのとりで熊本裁判の公判を傍聴支援しようと、福岡高裁前に50人以上が集いました。熊本からは、生活と健康を守る会から20人以上、熊本民医連からも中山さんを含む4人が駆けつけました。
熊本民医連看護部会は今年度、「人権」をテーマに学びをすすめ、5月13日に長洲事件の担当弁護士らを招き学習会を行いました。きっかけは、正看護師と准看護師の資格や処遇の違い、看護現場の実態などについて、インタビューしたいという担当弁護士からの申し出でした。
そこで、学習会の参加者30人以上に資格取得過程や経験、長洲事件に思うことなどを問うアンケートも実施。メッセージ集としてまとめました。
9月25日の弁護人の意見陳述では、このメッセージ集から多くの声が紹介されました。「時代錯誤も甚だしい」「准看護師は正看護師と比べて基本給も、生涯賃金にも差がある」「今、准看護師免許は正看護師免許を得るためのステップと考える人が多いのでは」「特に(看護科)3年目になると実習が多くなるため働くことも困難。必要時間の臨地実習で、各課題をクリアしていかないと、看護師国家試験の受験資格を失う可能性もある」など。
■ナース★アクションにつなぐ
中山さんは、「弁護士も知らない、こうした実態を知らせることが大事だと感じた」と言います。
メッセージ集には「夢、希望をもつ学生に優しい社会であってほしい」「この若さでどうして、このように苦しまなくてはいけなかったのか」「コロナ禍の看護学生の実態も知って」「生活保護であってもなくても、教育は無償にすべき」などの記述が多数ありました。参加した愛垣真由美さん(くわみず病院・看護師)は、「私も、准看から働きながら正看資格を取ったので、大変さがわかる。長洲事件は他人ごとじゃない。20年以上奨学金を返し続けなければならない仲間もいる。社会をささえる人材の学ぶ権利が守られる社会であってほしい」と訴えます。
熊本民医連看護部会は、長洲事件支援をナース★アクションの一環に位置づけています。
〈世帯分離と長洲事件〉
厚生労働省は、大学や専門学校などの高等教育で就学中の者には一切、生活保護の利用を認めません。大学などに進学する生活保護世帯の子どもは、自立助長のためだとして「世帯分離」されます。大学進学率80%超でも「高等教育はぜいたくだ」と続けられるこうした運用に、批判の声もあがっています。加えて長洲事件では、看護師養成課程の実情に反して自立を阻み、貧困の連鎖に引き戻す処分まで行われたのです。
(民医連新聞 第1793号 2023年10月16日)