“気になる”から「行きます隊」 地域に飛び出すアウトリーチ 福岡・千代診療所
福岡・千代診療所では、気になる患者情報から自宅訪問を行う、「とりあえず行きます隊(以下、行きます隊)」というアウトリーチ活動を、コロナ禍でも途切れることなく継続しています。現場を取材しました。(稲原真一記者)
生活の現場へ
7月中旬、強い日差しのなか車のハンドルを握るのは、医事課課長の桑野史也さんです。この日の行きます隊は事務1人、看護師2人で、訪問先は睡眠時無呼吸症候群で外来通院中の独居の80代女性宅。予約日に受診しないことが続き、電話の応対にも違和感を覚えた事務職員が報告した患者です。認知症が疑われ、自宅に督促状の山があったとの情報もあり、看護師長の毛屋恭子さんは「生活崩壊しているかも」と危惧します。
集合住宅で部屋を確認した桑野さんが呼び鈴を押すと、高齢の女性が怪訝(けげん)そうに出てきます。毛屋さんが「千代診療所から来ました」と声をかけると納得して招き入れてくれました。室内は窓とカーテンが閉め切られ薄暗く、ムッとする暑さと少し鼻をつく匂い。リビングの床には物が散乱し、ゴミの詰め込まれた袋や物のあふれた別の部屋も見えます。
看護師の川島由美子さんが女性の血圧を測ると191‐91。話を聞くと、他院での高血圧の治療中断がわかりました。治療の意思や今後についてたずねると「なるようにしかならん。1度死ねば2度は死なんからね」と。一方で生活は近くのスーパーの利用で何とか成り立っていることや、市内在住の孫に同居の意思があることなどがわかりました。介護サービスの利用や高血圧の相談もできること、熱中症への注意などを伝えてこの日は訪問を終えました。去り際、女性の「また来てください」という言葉が耳に残りました。
きっかけは痛苦の経験
「想像よりも困難な事例ではなくて少し安心」と毛屋さん。2021年には自宅での死亡事例も経験し、最近も玄関までゴミがあふれ、職員有志でライフレスキュー隊を結成し、2カ月かけて生活再建した事例も。「困っていても相談先がわからない人、自分からは相談しづらい人も多く、求められている活動」と言います。
行きます隊が始まったのは2006年のこと。通院患者の孤独死という痛苦の経験から、当時の副所長を中心に始まりました。以来17年間続くとりくみとなり、現在は毎月第2・4水曜日に多職種で訪問しています。訪問先は職員から提出される「気になる患者カード」をもとに判断し、緊急性のある場合は臨時訪問も。コロナ禍でも継続を決め、熱中症リスクの高い時期には、毎週訪問することもあります。
困難に気づける職場・人員を
「1日400人以上いる外来患者の個別対応には限界があり、気になる患者を見逃さないためにはシステムが必要」と語るのは、事務長の西山洋子さん。担当者まかせにせず、組織のとりくみにするため、職場会議で事例を共有したり、多職種で報告の検討を行い、職員の意識付けをしています。
昨年2月頃、毛屋さんの提案で手書きしかなかった「気になる患者カード」を、電子カルテで記載・閲覧できるよう改良しました。「コロナ禍で減っていた報告が回復し、数も大きく増えた」と桑野さん。22年度は前年度の約倍の70件の報告がありました。SWの松浦翔平さんは「職種ごとに異なる視点での気づきがあり、多職種でかかわることが大切」と話します。衣服の汚れや匂い、診察室での言動、家族との会話など、ポイントはさまざまです。
行きます隊には研修医なども参加し、職員の学びの場にもなっています。今回同行した川島さんも「自宅での患者と接することで、それまで以上に患者の困難に気づけるようになった」とふり返ります。「すべての職員が年1回は参加することが目標」と西山さん。「経験を通して受診へのハードルが何かを学び、困難を抱えた人に思いを寄せて、行動する職員が増えてほしい」と期待します。
(民医連新聞 第1789号 2023年8月21日)
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