マイナンバーカード強要せず 保険証廃止は撤回を
公的医療保険証を廃止し、マイナンバーカードによる受診を事実上強制する法案が、参議院で審議されています。しかし、取得が任意のマイナンバーカードを保険証代わりにすることは、国民皆保険制度の根幹をゆるがしかねない大問題です。(多田重正記者)
「保険資格がひも付けられない」
「夫が持っているマイナンバーカードに、保険資格をひも付ける手続きができないんです」と話す、静岡県浜松市在住の奥海憲子さん。夫の隆志さんは4年前、脳出血で倒れ、右半身がまひ。高次脳機能障害で言葉が話せなくなり、文字盤を使った意思疎通も難しくなりました。週3回、浜松佐藤町診療所併設のデイケアに通い、月1回、診察も受けています。
保険資格認証に使われるのは、マイナンバーカードに内蔵された電子証明書(※)。隆志さんのカードの期限は2025年の誕生日ですが、電子証明書の期限は2020年で切れていました。保険資格のひも付けのために市の区役所に行ったところ、電子証明書の再発行を求められ、「申請書に自筆の署名を」と言われてびっくり。隆志さんが書けるのは姓までで、フルネームは困難だからです。障害のことを説明しても、担当者は「自筆でなければ、手続きできない」の一点張り。「私が手をとって書いてもダメですか?」と聞いた憲子さんですが、答えは変わらず。代理申請も「委任状に本人の署名が必要」と。
保険証の廃止は2024年秋の予定。経過措置として「廃止後も1年間は、発行済みの健康保険証が使える」と国は説明していますが、その後はどうなるのか。憲子さんは強い不安を感じています。
話を聞いた静岡西部健康友の会長の村松幸久さんは、「隆志さんが今後も安心して受診できるようにするための手だてを、区役所の職員に考えてもらいましょう。私も同席します」と応じました。
「無保険」者が生まれる危険も
なぜこんなことが起こるのか。マイナンバーカードは個人情報を管理するもので、「誰もが安心して受診できる」ことを目的とした公的医療保険制度とは目的が異なるからです。被用者保険証や国民健康保険証より発行の要件が厳しく、マイナンバーカードは、市区町村の窓口で、本人が受けとることが原則です。
マイナンバーカードが任意で申請制という点から来る矛盾も。マイナンバーカードと電子証明書は、期限が来るたびに申請しなければならないため、公的医療保険に加入しているのに、資格が確認できない「無保険」者が多数生まれる危険があります。入院中・施設入所中の人、要介護者、交通手段が乏しい地域の人などにとって、申請や受け取り自体がハードルです。
法案とは別に、マイナンバーカードの申請を施設長やケアマネジャーが行えるようにする策も国は検討していますが、申請制である限り「無保険」者が生まれる危険はなくなりません。
さらにマイナンバーカードの管理にともなう問題も。全国保険医団体連合会が今年4月に公表した、高齢者施設・介護施設向けのアンケート(1219施設が回答)では、84%の施設が利用者・入所者の健康保険証を管理していると回答。うち94%が、保険資格認証がマイナンバーカードだけになった際に管理できるかとの問いに、「できない」と答えています。理由として「カード・暗証番号の紛失時の責任が重い」(91%)、「カード・暗証番号の管理が困難」(83%)、「不正利用、情報漏洩(ろうえい)への懸念」(73%)などが挙げられています。カードを読み取る機械も必要で、医療機関の負担も発生します。
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「マイナポイント」、CM、申請窓口の拡大などをしても普及がすすまないマイナンバーカードを普及させるための方策が、カードによる保険資格認証と保険証廃止です。カードの普及がすすまないのは、国が個人情報を管理することへの不信感、情報漏洩への不安が強いからです。最近も「コンビニで住民票を発行したら別人だった」トラブルがあいつぎました。
カードの取得はあくまで任意。カードの外見からは保険資格、有効期限を確認できないことや、患者がカードを紛失した際の保険資格確認はどうなるのかという点も懸念されています。カード普及のために、国民のいのちを守る国民皆保険制度を壊すことがあってはなりません。
※マイナンバーカードの期限は発行から10回目の誕生日。電子証明書の期限は5回目の誕生日
(民医連新聞 第1783号 2023年5月22日)