格差の原因 SDHを学ぶ 武田 裕子さん 順天堂大学大学院医学研究科 教授
昨年12月22~24日、全日本民医連は事務幹部養成アカデミアの第2クールを開催しました。最終日の武田裕子さんの学習講演「健康格差と『健康の社会的決定要因(SDH)』」の概要を紹介します。(稲原真一記者)
■何が健康を決めるのか
健康の社会的決定要因(SDH)とは、一人ひとりの健康に影響をおよぼす社会の構造的な問題のことです。「親ガチャ」という言葉がありますが、自分ではどうにもならない所得格差が教育格差になり、健康格差につながります。国全体のレベルで健康に影響するSDHには社会経済状況、文化、環境などがありますが、私はここに「平和」を加えたいと思います。
アメリカの研究では、遺伝や体質が寿命に与える影響は、20~30%程度で、残りの70%以上がSDHによって決まると言われています(図)。例えばタバコの喫煙は多くの病気をつくりますが、個人の嗜好(しこう)であり、自己責任と思われがちです。しかし、喫煙のしやすさは、実は育った家庭の世帯収入と強い相関関係があるのです。
一方でSDHによる健康格差は、国や自治体などの制度が変われば抑えられる、という報告もあります。世界中の健康格差に対し、WHOは「努力して避けるべきことであり、それがなされていないのは不当であり、不公正」と指摘しています。
■SDH教育にとりくむ理由
私は筑波大学を卒業後、アメリカでプライマリ・ケアの研修を受けました。その後、沖縄で地域医療に、アフガニスタンでは国際協力にかかわりました。沖縄ではアメリカ統治下での出来事や基地の集中する現状を知り、アフガニスタンでは紛争によって教育や生活基盤が奪われ女性や子どもが苦しむ現実を目の当たりにして、これこそがSDHだと実感しました。また学び直しのため渡ったイギリスでは、貧困、人種、母語の違いが健康格差を生んでいると学び、日本の医学教育にもSDHが必要だと感じるようになりました。
カナダでは、医師に必要な能力として、ヘルス・アドボカシー(※)を強調しています。近年、日本も医学教育でかならず学ぶべき項目にSDHがあげられ、昨年の改定ではアドボカシーなどの多くの項目が追加されました。私のゼミでは、路上生活をする人や外国につながりのある子どもたちの支援活動に学生が参加し、直接話を聴いて学んでいます。
■格差へのとりくみを
順天堂大学医学部附属病院では、外国人の健康格差の大きな要因である言葉の壁に着目し、「やさしい日本語」を導入しています。「やさしい日本語」は、日本語が母語でない人に加え、聴こえや理解に困難を抱える高齢者や障害のある人にも、役立つことがわかってきました。
また特定のSOGI(性的指向・性自認)への無理解や偏見を生む文化も、SDHのひとつです。院内でワーキンググループをつくり、吉田絵理子さん(8面で連載中)などの外部講師の講演会、当事者との対話を通して学ぶ学習会を開催して、職員に理解をひろげました。今では相談窓口やWEBサイトも開設しています。
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このようにSDHはさまざまなレベルで社会に存在しています。時に医療の世界では、病を患者の自己責任と責めてしまいがちですが、SDHのレンズを通して見ると本当の原因が見えてきます。
SDHを学び、多くの人が社会的公正の視点で、健康格差にとりくむことを願っています。
※ヘルス・アドボカシー 医療以外の問題であっても、患者の健康に必要な権利が守られ、支援が得られるよう行動を起こすこと
武田さんからのメッセージとアンケートのお願い
民医連のめざす「無差別・平等の医療」は、健康格差の原因であるSDHへの働きかけそのものです。コロナ禍でSDHが顕在化し、その大切さがひろく認識され始めています。
現在、私は吉田絵理子さんと当事者の方とともに、Q&A方式の書籍を作成しています。どのようなSOGIであっても、安心して受診できる病院のとりくみを紹介するものです。現場で役立つ実践的な本にするため、みなさまからのご質問を3月末まで募集中です。QRコードから、ぜひお寄せください。出版されましたら、お知らせします。
(民医連新聞 第1776号 2023年2月6日)