にじのかけはし 第20回 アドボケイト 文:吉田絵理子
みなさんは医療・介護・福祉に携わるなかで、「個人的なことは政治的なこと」だと感じたことはあるでしょうか。私は診察室で、患者の健康状態の背景に根本的な社会や政治の課題があると知りつつも、何もできずに無力感に襲われることがあります。LGBTについてもそういった側面があり、医療機関での対応が変わっても、社会全体の偏見・差別がなくならなければ健康格差は解消されないでしょう。
しかし以前は、国や自治体の政策を決めるのは政治家で、私にできるのは選挙に行くことだけだと思い、医師として政策に対し声をあげるのには抵抗感がありました。その考えが打ち砕かれたのも、カナダへの医療視察でした。カナダの家庭医たちは、社会的正義のためにミクロ(患者・医師関係)、メゾ(地域社会)、マクロ(政治や政策)という3つのレベルの視点を学び、実践していました。実際にカナダでは、地域住民の健康を守るため、医師が「低賃金や少ない休暇が住民の健康を害している」と積極的にデモ活動や広報を行い、最低賃金の引き上げや有給休暇制度を導入させるなど、州レベルの政策を動かしていました。こうした、何らかの理由により自分で権利を行使することが難しい人に代わって権利を守ったり、権利の実現をサポートすること、代弁者のことをアドボケイトと言います。世界医師会は、すべての医師に「すべての国民が必要な予防や医療を公平に受けられるようアドボケイトすること」を求める声明を出しています。カナダの家庭医たちは、まさにこのアドボケイトを行っていたのです。
カナダの視察に行くまで、私は国や自治体の政策に対し、さかんに声をあげる民医連に共感しつつも、変わった集団だと思って少し距離を取っていました。しかし世界に目を向けてみると、「政治家でもないのに政治的なことを言うべきではない」という日本の雰囲気の方が変わっているのかも、と思うようになりました。医療・介護・福祉に携わる私たちだからこそ、見えることがあります。今は、無力感にとらわれて終わるのではなく、カナダの家庭医たちのように、何かアドボケイトできることはないかと考えるようになりました。
よしだえりこ:神奈川・川崎協同病院の医師。1979年生まれ。LGBTの当事者として、医療・福祉の現場で啓発活動をしている。
(民医連新聞 第1776号 2023年2月6日)