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民医連新聞

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2023年新春対談 日本を根本から立て直す世直しを 東京大学大学院教授 本田由紀さん × 全日本民医連 増田剛会長

 今年の会長対談は、東京大学教授の本田由紀さんと。日本の政治や社会をよくする上で、どんなことが求められるのか、語り合いました。(多田重正記者)

増田 『「日本」ってどんな国?』を読みました。ジェンダー、学校、政治、経済など、さまざまな角度から日本の国の形を浮き彫りにしていますね。もともとの専門は?

本田 教育社会学です。ひろい意味での教育を社会学的観点から分析するのですが、教育の入り口である家庭や、出口となる労働市場なども扱ってきました。
 労働市場の分析に力を入れるようになったのは、1994~2001年、厚生労働省の研究機関にいた時の経験が大きい。当時、バブル経済崩壊後で、ガラガラと音を立てるように労働市場が壊れていきました。「フリーター」「ニート」などの言葉で、若者がたたかれましたが、彼らはとまどい、悩んでいました。若者は悪くない。雇う側が採用を抑制したことの方が重大で、そこから「やっぱり政策がおかしい」という方向へずんずんとすすみ、今に至っています。

転換点に立つ日本

増田 日本という国自体が、転換点に立たされていますね。ロシアのウクライナ侵攻を機に、改憲や軍事費倍増、敵基地攻撃能力の議論がさかんになり「今にも戦争をするのでは」という状況です。経済も、先進国で唯一成長しない国になってしまいました。医療・介護制度も、国民の負担ばかり増えて、「もう持たない」ところまで来ている。もっとも困難が集中している若者たちの間で、怒りが爆発してもよさそうなものですが。

本田 教育の影響は否定できないと思います。日本の教育には自己責任論が凝縮されています。自己責任論とは「自分の能力、努力で生きろ。生きられない人は死ぬしかない」という発想です。教育も「学力を上げろ。上げられない人は能力・努力が足りないからだ」と、教育を充実させるのではなく、しめあげ、受験競争をあおる形で行われています。こんな教育を人生の初期に受けた結果、自己責任論を個人が内面化してしまう。
 残念なのは、日本社会の構造的破たんの被害者である就職氷河期世代に、この傾向が強いこと。運よく生き残った人は「自分の才覚だ」と思い、つらい思いをしている人は「うまく立ち回れなかった」「誰も助けてくれない」と思う傾向にあり、社会調査でも明らかです。

増田 それは深刻ですね。

本田 昨年7月に安倍元首相が殺された事件の容疑者も就職氷河期世代です。彼のツイートを分析した社会学者がいますが、旧統一協会に家庭も生活も壊され、苦しんでいるのに「政治も地域も助けてくれない。自分で生きていくしかない」とツイートしています。

若者の自民党支持率は高い?

増田 私も今日、外来で長い付き合いの患者さんと話しました。子どもの受験を控えているが、夫の給料は下がる一方。学校の授業料もお金がかかる。だから日中フルタイムで働いているのに、週3日、夜間の清掃アルバイトを始めたそうです。終わるのが夜0時になることも。「もうこんな状況を変えるには、政治を変えるしかないよ」と言ったら、彼女は「わかる。私もそう思ってこの前、初めて選挙に行ったけど、入れた人は落ちちゃった。だからやっぱり無駄だった」と。私は「それは違う」と言いましたが。

本田 教育にお金がかかるのは、日本社会の病巣の一つで、人びとの生活を苦しめ、子どもを産まない選択をする人が増える要因になっている。国が公的な支出をしてこなかったという、これも自民党の教育政策に行きつきます。
 初めて選挙に行ったエピソードもリアリティーのある話です。私もいろんなところで話を聞きますが、投票した人が当選しなかったら、若い世代ほど「正解じゃなかった」と思う傾向がある。そうなると、利権のからんだ自民党の方が当選しやすい。だから選挙後の出口調査では「若者の自民党支持率が高い」ことになっちゃう。

増田 そういう意識をどう変えるのか。日本社会をよくする上でのカギになりますね。

本田 日本では、政治への期待を何度もつぶされてきた経験もトラウマになっていると思います。かつて盛んだった政治運動や学生運動も衰退し、2009年に誕生した民主党政権も、2012年の総選挙でつぶされ、自民党が復権した。韓国が運動の力で民主化を実現するなど、政治を変える体験を重ねているのとは対照的です。
 でも、みんな今の政治をおかしいと思っています。旧統一協会問題でも、自民党が自分たちの利益のためなら、どんな相手とも手を組む政党だとわかりました。「もうこんなことを許すわけにはいかない」という説得力も、かつてなく高まっていると思います。

軽んじられてきたケア

増田 政治を変えるためには、市民と野党の共闘は重要です。そこで民医連は一昨年の衆議院選挙、昨年の参議院選挙で、「民医連の要求」を掲げ、立憲野党と懇談しました。昨年秋の感染症法改正の際にも感じましたが、医療・介護現場の実情が、国会議員のみなさんにまだまだくわしく知られていません。
 同法の改正内容は、医療現場に専用病床の確保などを強制し、従わない場合は罰則を与える内容です。しかし医療機関は、コロナ前から財政的にも人員的にも、ぎりぎりのところでやってきた。右から左に病床や職員を動かせば対応できるなんてものじゃない。

本田 医療、介護、保育、教育は、全部ケアの話。「女・子どもの話」と蔑視され、ケアに直接あたる仕事の多くを女性が担わされてきました。人の心と体にかかわる大事な領域なのに「安あがりにきつい労働でやらせておけ」と、じい様ばかりの政治家につぶされてきた。
 現場の実態を野党に伝える重要性は、私も感じています。教育基本法や学習指導要領の問題などで、野党の議員と話しても「そんなに問題なの?」という反応がみられることもあるのですが、2006年に改正された教育基本法のもとで、学校現場はひどくなっています。とくに学習指導要領はひどく、道徳が特別教科にされましたが「仲間になじめ」「自分の意見を言うな」というメッセージが織り込まれている。こんな状況に若者をさらしておいて「選挙に行け」というのは、大人側の期待としても矛盾しています。
 学校の息苦しさは、不登校の増加にも表れています。愛国心、自己責任論、物を言わない協調性など、支配層の欲望が詰め込まれた教育基本法や学習指導要領は、欲望が詰め込まれているがゆえに機能不全、破たんを起こしています。

問題はすべてつながっている

増田 あらゆる分野から現場の人たちと専門家が実態を告発し、問題を発信することが大事ですね。

本田 どこか一つの分野だけで問題が起きているのではなく、日本全体の「建付け」がおかしくなっていると私は思います。このまま日本社会を維持しようとしても、絶対にできません。いくら難しくても、社会そのものを建て直す「設計」、世直しがどうしても必要です。
 人やお金などの資源を、家族から教育、教育から労働、労働から家族へと一方向に循環させる「戦後日本型循環モデル」が、80年代までは成り立っていました。しかし90年代、産業や人口の構造、国際環境などの変化を受け、行き詰まっている。その矛盾を自己責任論や「日本すごい」というスローガンで覆い隠し、セーフティーネットの拡充も怠ったまま、崖に向かって走っているのが今の日本です。
 問題はすべてつながっています。多くの国民に、自分の立つ場所が、この国でどういうパズルのピースなのかという点について、考えをひろげていただきたいと思います。

増田 若者たちが、自身の未来についてより積極的に発言していけるような一年にしたいものです。
 ありがとうございました。


本田 由紀さん
プロフィール ほんだ・ゆき
東京大学大学院教育学研究科教授(教育社会学)。著書に『「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち』(勁草書房、2008年)『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書、2020年)、『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマ―新書、2021年)など多数。

(民医連新聞 第1774号 2023年1月2日)