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民医連新聞

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診察室から 産婦人科医の憂うつ①

 アメリカでは、連邦最高裁が人工妊娠中絶禁止を容認する判断をして、国を二分する騒ぎになっています。基本的人権であるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を侵害する重大な決定で、日本産婦人科学会も抗議声明を発表しました。確かに言語道断ではありますが、個人的な感想としては、あんなに堂々とそれぞれの主張をぶつけ合えるのは、ちょっとうらやましくもあるのです。
 日本では何かにつけて本音と建て前があり、人工妊娠中絶のような機微に触れる事柄になると、なおさらです。旧優生保護法は「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想にもとづいた法律で、らい予防法の廃止に連動して、ほとんど議論されずに母体保護法となりました。旧優生保護法のもとでは、本人の同意を得ずに強制不妊手術が行われたり、ハンセン病施設で断種や中絶が強制されるなど、多くの人権侵害が行われてきました。しかし、そのことへの明確な反省はなく、なし崩し的に改正が行われた形です。
 現在、母体保護法下で、胎児の障がいを理由とした中絶は認められず、経済的理由も明確な生活の困窮を証明しなければ認められません。ほぼ全ての人工妊娠中絶が「母体の健康を害するおそれがある」という理由で行われます。現場では「本当は産みたいけどお金がなく育てられない」と泣く泣く中絶を選択したり、胎児の障がいがわかり、夫婦で悩み抜いて中絶を決断することも少なくありませんが、統計には反映されません。
 今後、NIPT(母体血で胎児の染色体異常の可能性を判定する検査)も全妊婦に情報提供されます。本来、経済的理由や胎児の障がいを理由とした中絶の数をデータで示し、必要なサポートを議論すべきではないでしょうか。時に白黒はっきりさせない日本の文化も悪くないと思いつつ、生きることを許されなかったいのちに報いるためにも、社会をより良く変えていく一助になることを願い、憂うつな日々を過ごしています。(芳賀厚子、埼玉協同病院)

(民医連新聞 第1767号 2022年9月5日)