消えた「所得の再分配」 社会保障費はさらに抑制 防衛力は抜本強化 「骨太の方針」2022
「経済財政運営と改革の基本方針2022」(通称「骨太の方針」)が6月7日、閣議決定されました。2001年の小泉内閣以来、毎年この時期に決定され、次年度の予算編成に関する基本方針ともなっています。予算と言えば社会保障など、私たちの生活をささえる制度・政策の根幹にかかわります。今回の「骨太」は全36ページ。どんなことを掲げているのでしょうか。(多田重正記者)
税制は手つかずのまま
副題は「新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」。新型コロナウイルス感染症、ロシアのウクライナ侵略、気候変動、人口減少・少子高齢化、経済成長の停滞などを例にあげ、これらの課題解決を「付加価値創造の源泉として成長戦略に位置づけ」「経済成長を同時に実現」するとの記述で始まります(1ページ)。
副題の通り、課題解決策は経済成長の話が中心。「人への投資」も掲げていますが、「新しい資本主義に向けて計画的な重点投資を行う科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX、DXに共通する基盤への中核的な投資であるとも言える」(4ページ※)とあるように、これも経済成長に役立つ人材育成が中心です。
昨年10月の就任時、岸田文雄首相は「所得の再分配」を掲げました。所得の再分配とは、経済力のある個人・企業に応分の負担をもとめ、社会保障・教育制度などを通じて、より所得の低い層の生活をささえたり、経済上の負担を軽減したりすることです。その財源を生み出すには税制改革が欠かせませんが、「骨太」は「応能負担を通じた再分配機能の向上・格差の固定化防止」をはかるとしながらも、「経済成長を阻害しない安定的な税収基盤を確保する」と釘を刺しています(30ページ)。
すでに大企業ほど税負担が軽いというのが日本の実態。財界が法人税を「経済成長の阻害要因」だと主張した結果です。株などで得た利益の方が、勤労所得よりも負担が軽い問題も放置されたまま。これでは「再分配」は実現しません。
使い古された経済政策に固執
経済政策でも「骨太」は、「今後とも、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組みを堅持」(2ページ)とし、第2次安倍政権(2012~2020)が掲げた経済政策(通称「アベノミクス」)の踏襲を宣言しています。しかし日本の労働者の実質賃金は、1997年から2021年のあいだに一人あたり61万円も減少しています。「『成長と分配の好循環』を早期に実現する」(2ページ)とのべていますが、これも「企業がもうかれば労働者や家庭にも波及し豊かになる」(「トリクルダウン」)という理論で、アベノミクスの焼き直し。先進諸国で唯一「ほとんど経済成長しない国」(図1・2)になった責任にもふれていません。
「賃上げ促進税制の活用促進」も掲げますが(6ページ)、日本は2013年度から賃金総額を増やした企業の法人税を減税。しかし赤字企業は法人税を払わないため、効果は疑問です(2019年度の赤字法人率は65・4%)。
社会保障を「商品」「サービス」と同一視して抑制
社会保障はどうでしょうか。
「骨太」は「持続可能な社会保障制度の構築」と題して、「給付と負担のバランスを確保しつつ、若年期、壮中年期及び高齢期のそれぞれの世代で安心できるよう構築する必要がある」(30ページ)とのべています。医療・介護などの社会保障を権利ではなく、お金を払った対価としての商品・サービスと同一視。給付の削減・抑制をはかろうとしています。
「全世代型社会保障制度」という呼び方も問題です。社会保障制度とは、病気、けが、死亡、出産、障害、失業、貧困、高齢などの生活困窮の原因に直面した人に対し、国の責任で一定の給付を行い、人間らしい生活を送れるよう保障するものです。給付は全年齢が受けることができます。
また、高齢になれば病気やけがなどが増え、給付も増えるのは当然で、これをささえることは憲法25条(生存権)に定められた国の義務。わざわざ“全世代型の社会保障制度にしよう”と言うのは「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心というこれまでの社会保障の構造を見直」す(31ページ)と世代間の対立をあおることで、さらなる社会保障の改悪をすすめるためです。「骨太」は後期高齢者医療制度の保険料の限度額引き上げ、「かかりつけ医機能」の発揮、病院の統廃合をすすめる地域医療構想の推進、医療費適正化のための都道府県の権限(ガバナンス)強化などを掲げています。
また、医療・介護分野のデジタル化を推進。医療現場のAI導入(AIホスピタル)やオンライン診療の促進、「医療法人・介護サービス事業者の経営状況に関する全国的な電子開示システム」の整備などを挙げています。
「保険証の原則廃止」との方針も。マイナンバーカードで保険資格を認証できるようにしようという考えです。「デジタル産業のもうけが優先されている」「個人情報の安全性が軽視されている」と批判されています。すでに2015年の「骨太」で個人の金融資産などを把握し、医療・介護などの給付抑制に使う策も提起されており、さらなる給付抑制策に道を開く危険もあります。
「骨太」を審議した経済財政諮問会議のメンバーも問題です。全11人中民間の「有識者議員」が4人。うち3人が財界団体・日本経団連会長の十倉雅和氏(住友化学株式会社の代表取締役会長)をはじめとした大企業の重役。ほかのメンバーも首相(議長)、内閣官房長官、経済再生担当大臣、経済産業大臣、財務大臣などで、社会保障、教育の専門家はおらず、厚生労働大臣すら入っていません。
国の借金の原因を社会保障だと攻撃する財務省
「今後、『骨太』に沿って予算編成作業がすすめられますが、主導するのは財務省。財政制度等審議会(財務省の諮問機関)が出した『建議』の内容が重要です」と語るのは、全日本民医連事務局次長の林泰則さんです。
「『建議』は毎年『骨太』に先立って示される文書ですが、今回の『建議』は『歴史の転換点における財政運営』というタイトルが表すように、現在の日本の財政状態に対する財務省のかつてない危機感が反映されています。従来どおり財政危機の主な原因が社会保障費の増大にあるという認識に立った上で、国の借金が累積した『最大の要因は、社会保障をはじめとする受益(給付)と負担のアンバランス』にあるとくり返し強調しています。『骨太』が軍事費の増額や成長戦略への投資を掲げるなか、予算編成過程で、社会保障費の抑制を中心とした歳出改革に、きわめて強固な姿勢で臨んでくることが予測されます」
「建議」が出た5月25日の「MEDIFAXweb」(医療・介護業界紙)には財務省の主計官が登場。医療費・介護費の伸びを経済成長率とかい離させず、国庫負担分だけでなく、給付費全体を調整対象とするという新たな考えを表明しました。また「健康予防による医療費適正化」は「幻想」と断定し、厚労省の政策を批判しています。
社会保障制度改善、平和と憲法を守る運動に立ち上がろう
一方で「骨太」は防衛費の倍増も念頭に「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」(21ページ)と明記。防衛費が拡大すれば国の財政を圧迫し、社会保障予算も大きく削られることは必至です。
全日本民医連は、今年8月の第45期第1回評議員会で「骨太」「建議」などにしめされた社会保障の改悪問題などについて、集中して討議することを予定しています。
「すべての職員が評議員会方針を読み、学んで、社会保障制度はどうあるべきか、あらためて討議してほしい」と林さん。「いのちを守り、人間らしく生きる権利をささえる医療・介護従事者として、社会保障制度改善、平和と憲法を守る運動に立ち上がりましょう」。
※イノベーション:革新、スタートアップ‥新規創業、DX:デジタルトランスフォーメーション(デジタル化)、GX:グリーントランスフォーメーション(脱炭素化などを通じて環境を守ること)。
(民医連新聞 第1764号 2022年7月18日)