相談室日誌 連載521 当事者が問題に向き合う時間 価値観に寄り添った事例(奈良)
70代後半のAさんは、数カ月前に夫を亡くし、精神疾患により排せつなどに一部介助が必要な50代の長女と2人暮らし。これまで夫と長女の介護を優先してきたAさんでしたが、激しい腰の痛みで当院を受診して、大腸がんと診断されました。手術や抗がん剤治療にあたり「長女のこと」「医療費の不安」を口にしたため、Aさん自身の治療に専念できるよう、長女へのサービス利用を提案しましたが「家族のことは家族でささえていく」と支援には拒否的でした。まずは不安の大きい医療費について当院の無料低額診療事業を案内し、負担軽減をはかることで治療に向き合えるよう支援。関係性を少しずつ構築するようにしました。手術を受けたAさんは退院後、自身のストーマ(人工肛門)管理のため訪問看護の利用は承諾しましたが、長女へのサービスは変わらず希望せず、休憩しながらなんとか自身で介護を継続していました。
そんなAさん家族に転機が訪れます。半年後Aさんが当院へ緊急入院すると同時に、長女が骨折しB病院へ入院となりました。この入院を機に、Aさん自身が長女の介護のしんどさを訴えサービス利用を希望。B病院と連携し、長女のサービス利用を開始できました。長女はヘルパーや看護師の訪問を楽しみにしており、親族以外の他者とのかかわりが少しずつできるようになっています。それはAさんも同じ。自身のサービス利用や長女の世界が少しずつひろがったことを感じていました。そして「家族の問題は家族で」とかたくなで、自分のことは後回しだったAさんが見ている世界も大きく変わりました。今では家庭菜園など、自分のしたいことにも時間が割けるようになっています。
「社会的処方」という言葉が聞かれるようになりましたが、医療従事者側からは支援が必要だと感じる場合でも、さまざまな理由で支援を受け入れることが難しい人もいます。また、患者の意向やペースに寄り添うことは「当たり前」ではありますが、今の医療情勢でその「当たり前」の支援が難しくなってきているのも事実です。
支援側の一方的な思いで動いていないか、都度ふり返り、当事者の立場、時間、価値観を尊重しながら、忍耐強く支援を継続していくことの大切さを、Aさんの事例は教えてくれています。
(民医連新聞 第1763号 2022年7月4日)