診察室から 患者の生活背景を考える
私は奨学生として学生の頃から民医連の理念について学んできました。『歯科酷書』という口腔内が崩壊している症例を取り扱った報告を読んだり、さまざまな勉強会に参加する中で、歯科医師は歯を治すだけではなく、口腔内の状態から患者の生活背景を推測し、患者に寄り添うことが本当に必要だと知りました。当時学生だった私は、大学病院での実習が主だったため、口腔内が崩壊しているような症例をみたことがなく、いまいちピンときていませんでした。
しかし今、歯科医師として診療に携わるなかで「患者を診る」ことの大切さに気づかされる症例がありました。歯が痛いとの主訴で来院した19歳の女性は、口腔内の清掃状態が著しく不良で、永久歯のほとんどが虫歯。奥歯に抜歯が必要な歯があり、歯周病も進行していました。カルテをさかのぼってみると、10代前半から矯正で当院に通院していました。矯正終了後はしばらく期間が空き、痛い時だけ来て治ったら来なくなる、がくり返されていました。口腔内の状態を鏡で見てもらい、このままだと歯がなくなってしまうこと、そうならないために継続的に通院してしっかりと治療を受けてほしいと説明しました。しかし、反応がよくなかったため理由を聞いてみると、お金がなく親にも頼みづらいとのこと。本人も口腔状態にあまり関心がない様子でした。結局2回ほど来院し、また通院が途絶えてしまいました。
数年前までは矯正を受けることができる生活状況であったはずが、たった数年でこんなにも変わってしまうものなのだと驚くとともに、もっと自分にできることはなかったのかと悔やまれました。また、いくら治療が必要だと術者側が感じても、患者側が治したいと思わない限り通院を強制することはできないので、その認識の差を埋められるように説明するのがまず大切なのだと学びました。
同様の症例に出会ったときに「患者を診る」ことのできる歯科医師になれるよう、努力していきたいと思います。(林志織、大阪・生協森の宮歯科、歯科医師)
(民医連新聞 第1761号 2022年6月6日)