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民医連新聞

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私たちは黙らない 原発回帰させない 犠牲者で終わらない 福島農民の地域づくり

 東京電力福島第一原発事故により、何代にもわたり守ってきた農地を汚染された福島の農民たちは、その土地と向き合いながら、私たち消費者に安全な農産物を届けています。「生業(なりわい)を返せ!」とたたかう農民のいまを取材しました。(丸山いぶき記者)

 安全・安心で、おいしい農産物を食卓へ―。とくに福島県産品はこの11年、厳格に検査され、流通品は安全性が実証されています。しかし、消費者の不安は根強く、福島県産品の価格は全国平均を下回ったまま、原発事故前に回復していません()。
 「風評被害じゃなくて、土地を汚染されたことによる“実害”なんだよね。いまも福島産は食べないという消費者はいるし、それが現実。みなさんはどうですか?」
 そう問いかけるのは、福島市郊外で祖父の代から受け継いできたナシ農園を営む阿部哲也さんです。消費者と顔が見える関係を築きたいと、農民運動全国連合会(農民連)の活動に参加。全国に400人超いた顧客は事故後、約250人に。「贈答用が中心だったから『自分用には買うけど、よそにはもう贈れない』と言われたのがつらかった」と話します。

福島県産品の安全性

 福島県では、国のガイドラインによる放射線モニタリングや、産地・生産者による自主検査などで、安全な農産物だけが流通・消費される体制をつくっています(県ホームページより)。
 仮に農地の土壌が放射性物質で汚染されていても、それがそのまま作物へ移行するわけではないことも確かめられています。放射性セシウム137は、放射能が弱まり当初の半分に減るまでの期間(半減期)が約30年と長く、土壌に残る可能性が高い放射性物質です。それが土から作物へ吸収される量を示す数値は、「移行係数」として農林水産省により作物ごとに算定、公表されています。
 水田や野菜畑などの農地では、表土を削り取ったり、表層土と下層土を反転して(反転耕)、作物が吸収する層の放射性物質を除去、低減(除染)しています。セシウムの吸収を抑制するカリウム肥料なども使用されています。

農民の健康への影響は軽視!?

 一方で、生産者、農民の営農環境の安全は保障されていません。
 「空間線量は、多くの地点で自然界レベルまで下がっている。でも地表には、くぼ地などスポット的に線量の高い場所もあり、多くの農民はそれを知らずに作業している」と話すのは、福島県農民連の佐々木健洋事務局長。県農民連では2012年から毎年、会員の農地約2000カ所で線量を定点観測。放射線管理区域の10倍もの値が出る地点もあります。しかし農民は、放射線障害を防止するために定められている法律の保護対象になっていません。「限られた空間が前提」「農民は自営業者で、労働者ではないから」などと除外されるのです。
 国による農地の放射線量測定方法からも、農民の健康への配慮はうかがえません。農林水産省は、地表から10cmの土1kgあたりの線量を測定して、作物への移行の程度などを調べています。環境省は、空間線量をもとに年間1ミリシーベルト以下の基準値内としています。しかし、「農民は土に触れ、地をはって仕事をする。(農民連の調査のように)1平方メートルあたりの放射能(表面汚染密度)を測定すべきだ」と佐々木さん。
 阿部さんも、「事故当時中学生だった娘にはしょっちゅう甲状腺検査の案内が来るが、私にはホールボディカウンター検査1回だけ。医療機関からでも案内があるとうれしいけれど」と話します。

問われる国 東電の姿勢

 ナシ農園のような樹園地は、地表近くに根を張っているため、表土を削ったり耕すことはできず、土をかぶせて遮蔽(へい)し、線量を下げてきました。しかし、それも希望者のみ。大多数の果樹農家は除染せず汚染状況も知りません。「果実には出てないし、いまさらとの思いもある。みな消費者の不安払拭に必死。原発事故の影響を受け続けながら、もう賠償請求はしないという人も多い」と阿部さん。
 東京電力への賠償請求方法は、直接請求、原子力損害賠償紛争解決(ADR)センターによる和解仲介の利用、裁判の3つ。しかし、農家は思うように賠償を得られていません。東電は、ADRセンターで和解しながら、支払わないことも多いのが実態です。
 「10年もたつと、国も東電も賠償金を払わずに済むように姑息に画策する。でも汚染は消えていないし、廃炉にはまだ時間がかかり、いつまた大震災が起こるかわからない。そういう不利な条件を強いている現実を踏まえて、国・東電には“誠意”を見せてほしい」と阿部さんは憤ります。
 県農民連は毎年3回、政府・東電交渉で、国の責任で汚染マップをつくり、無用な被ばくにさらされている全農家に無条件に、農地面積に応じた補償と無料の健康診断をと訴えています。「今後も測定データを蓄積し訴え続ける。私たちは黙らない」と佐々木さん。

持続可能な社会を福島から

 他方、県農民連は事故後、新たなとりくみを開始。自分たちが使う電気は自分たちでつくろうと、太陽光発電で会員分を賄えるまでになりました。「“原発憎し”で始めたけれど、やってみると、農家が持続可能で自立した地域づくりに果たす役割の大きさに気づけた」と佐々木さん。
 「犠牲者で終わらない」「福島だからこそ」の思いでさまざまな挑戦を続け、CO2を農地に蓄える新しい耕法を学ぶなど、気候危機の課題にもとりくんで、国や東電などの原発回帰の流れと対峙する実践を重ねています。
 阿部さんは言います。「この11年、悔しいばかりじゃない。運動に共感して新たに応援したいというお客さんも増えた。一番の楽しみは、畑に来て、直接見て、触れてもらって交流すること」
 会員のなかには、原発が立地する浜通り相双地方の避難指示解除区域で、農業を再開した人も。容易に代弁できない「思い」は、被害者一人ひとりにあります。


コロナが落ち着いたら福島へ、こらっせ!

 福島県農民連では、被災地の視察ツアーのほか、太陽光発電やソーラーシェアリング農地、農業体験の紹介などもしています。
 問い合わせ先:024-546-7229
 佐々木健洋さん   


反省していない東京電力

「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟弁護団事務局長
弁護士 馬奈木 巌太郎さん

 まもなく原発事故から12年目に入ります。ニュースも減り、人びとの関心も薄れたようにも感じられますが、事故は収束していませんし、被害も終わっていません。それどころか、当事者の東京電力(以下、東電)は何の反省もしていません。
 東電は、事故後、3つの誓い(ⅰ最後の一人まで賠償貫徹、ⅱ迅速かつきめ細やかな賠償の徹底、ⅲ和解仲介案の尊重)を公表しましたが、実態はこれからかけ離れています。最近は、被害者が国や東電を訴えている集団訴訟において、(1)原子力損害賠償紛争審査会が示した賠償指針は、相当因果関係が認められる損害を上回る賠償額を定めている、(2)賠償指針は、自主的な紛争解決の指針として機能してきており、被害者から圧倒的に支持されている、(3)自主的避難等対象区域には損害はない、(4)東電は賠償金を払いすぎているといった主張まで行っています。
 東電の主張は、国の機関が策定した賠償指針の内容や、策定経過を無視したものであるばかりか、放射性物質による被害の実態をも無視するものです。なにより、「払い過ぎ」や「損害はない」との主張は、被害者感情を逆なでするものでしかありません。いったい、東電はこんな主張を福島県内や国会の場で公然とできるでしょうか。
 集団訴訟のなかでも、生業訴訟など先行している訴訟は、現在最高裁に係属しています。最高裁で私たちが勝訴すれば、賠償指針の見直しを求める声が強くなります。そうすると、さらに数千億円の賠償負担を負うことになります。東電は、何としても見直しを避けたいのです。
 東電の主張は、責任を取ることを拒否し、被害者が声をあげないよう威圧するものです。同時に、国や東電の責任を追及している原告を孤立させ、新たな分断を持ち込もうとするものでもあります。こうした被害を抑え込み、被害はないとするキャンペーンを許すわけにはいきません。
 東電をめぐっては、新潟・柏崎刈羽原発をはじめ、不祥事があい次いでいます。完了したとしていた工事が完了してなかったり、核物質防護対策の不備だったりと、挙げればきりがないですが、いずれも安全性にかかわるものであり、被害者に対する姿勢とあわせて、原子力事業者としての適格性そのものが問われています。
 政府は、汚染水を公共のものである海洋に放出する方針を一方的に決め、「風評被害」対策に万全を期すとしていますが、肝心の東電の姿勢を目の当たりにしては、「万全」という言葉も空虚でしかありません。
 被害は福島県だけの話ではなく、被害救済のありようや原発政策の今後は、私たち一人ひとりにかかわるものでもあります。私たち自身が、加害企業たる東電の姿勢について注視し、批判していく必要があります。

(民医連新聞 第1754号 2022年2月21日)