民主主義の力で脱炭素社会の実現を 気候危機はいのちや健康、人権問題
昨年11月、英国で開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で、産業革命前からの気温上昇を「1・5度以内」に抑える努力を追求するとした合意文書を採択。気候変動危機回避に向け、2030年までに世界全体の温室効果ガス排出を半減するとりくみが始まりました。昨年6月、「環境分野のノーベル賞」とも呼ばれる「ゴールドマン環境賞」を受賞した日本のNGO「気候ネットワーク」(※)理事の平田仁子(きみこ)さんに聞きました。(文・長野典右)
1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで、「地球環境の保全と持続可能な開発の実現のための方策を得るための地球サミット」が開催された時は学生時代。地球環境が危うくなっていることに衝撃をうけ、自分に何ができるか考えました。出版社勤務後、1996年よりアメリカ環境NGO「Climate Institute」での活動にかかわり、1998年団体設立当初より気候ネットワークに参加しました。
昨年ノーベル物理学賞に選ばれた、アメリカのプリンストン大学の真鍋淑郎さんの研究などこれまでの科学の発達で、このままいくと地球にどのような影響が出るかを予測できるようになりました。地球の平均気温は産業革命前水準から1度以上上昇しています。2015年に採択されたパリ協定では、気温上昇を1・5~2度未満に抑える目標を定めました。しかし、2度まで上昇するとサンゴの絶滅、生態系の絶滅リスクは1・5度の上昇と比べ2~3倍になり、熱波や豪雨などの極端現象の増加、水不足、貧困の拡大なども深刻化します。そのため1・5度以内に抑えることが事実上の目標になっています。
化石賞受賞の日本
欧米では、温室効果ガスの排出規制のために産業のありかたを考え、もっとも二酸化炭素を排出する石炭火力発電をやめていく動きが加速しています。昨年12月、ポルトガルは、最後まで残っていた石炭火力発電所を停止、火力発電での石炭使用を廃止しました。石炭火力発電所の廃止はEUの中では、4番目の国になりました。
欧米の政治、官僚、企業は、問題の本質をとらえ、変化の風をつくっています。市民側でも企業に対する不買運動やデモなども頻繁に起こり、市民運動が政治、企業の動きをつくり出しています。
一方、日本では、小手先の対応で化石燃料の利用抑制を真剣に考えず、「環境と経済の両立」と言いながら経済優先ですすめてきました。現在、166基の石炭火力発電所が稼働し、さらに9基が建設中です。これを見直さないことが、日本が不名誉な「化石賞」を受賞するゆえんです。
自民党の長期政権が続く中、過去に決めたことを基本に物事を考え、転換への次のステップがとれない。合意形成は、政治や官僚、企業が既得権益を守ろうとするシステムで独占されています。高度経済成長での成功体験がさまざまな弊害をもたらしています。それを修復していくことが必要です。
問題の本質は社会構造
今、学生に「気候変動を防ぐために自分ができることは何か」と聞くと、9割の学生が「マイボトルを持つ」など、「身近にできる省エネ」を答えます。しかし、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんは、アメリカのトークショーに出演し、同じ質問に「民主主義の力で権力者が私たちの声を無視できなくする」と答えました。彼女は気候危機が政治そのものであることを理解しています。自分たちには社会を変える力があること、気候変動は社会構造の問題であり、権力をもっている政治家や企業を、民主主義の力で変えていくことが一番大切なのです。
日本の場合、自分自身で解決できない問題は自分には関係ないと考えてしまうのでしょうか。知識があっても、どう考え、行動するのか、は教育されていません。
昨年10月の総選挙でも、選挙に行くことを著名人が呼びかけたりもしましたが、普段から、政治参加意識を高めたり、政治を考えていないと民意は反映されません。
「公正な移行」に向け
産業構造、利権構造に切り込み、2030年までに温室効果ガスの排出を半減するには、石炭火力発電所の段階的な廃止や、多消費産業の脱炭素型への移行が必要になります。労働と雇用の移行が必要です。地域での雇用を失うことなく、移行させないといけません。この「公正な移行」を達成するためには、戦略的なプログラム、合意形成づくりが重要です。
地域の持続可能性や発展を展望し、自治体や労働者や脱炭素にブレーキをかけることなく移行させなければなりません。予算確保や国の支援が不可欠です。
1000年先を決める10年
気候危機問題は時間がありません。この10年で1000年先を決めると言っても過言ではありません。いつか実現すれば良いわけではなく、10年後でも遅いのです。時間と利権とのたたかいです。
日本での豊かな暮らし、繁栄を見込むためには、政治の力が必要です。脱炭素社会をけん引する政治家を育て生み出していく力を市民が持たなくてはなりません。選挙というチャンスを生かし、「脱炭素社会をつくることが負担ではなく、安定した社会と明るい未来につながる前向きなとりくみなんだ」というポジティブな雰囲気をつくっていくことも大切です。
対策取れる最後の世代
民医連職員で、石炭火力発電所建設に反対する運動にかかわっている人、また自然エネルギーを使っている事業所もあります。
気候危機は、いのちや健康につながる問題です。災害や熱中症など、医療現場は、社会問題の帰結をうけいれる場所になっています。社会の課題と結びついているのです。環境問題は人権問題そのものなので、「人権のアンテナ」を掲げる民医連職員のみなさんと連携できると思います。
コロナ禍で新しい社会をつくる動きのなかに、脱炭素社会を組み込んでいくことが必要です。
私たちは、気候変動の被害を最初に受ける世代であり、対策が取れる最後の世代です。当事者意識をもって、それぞれがその担い手として自覚をもって、踏み出していきましょう。
※気候ネットワーク
地球温暖化防止のために市民の立場から「提案×発信×行動」するNGO・NPO。
(民医連新聞 第1751号 2022年1月3日)