診察室から 「へき」と「てなんかけ」
菊陽病院に転勤して3年と半年が過ぎました。今年の秋は花が咲くのも枯れるのも早く、「病院の中庭に彼岸花(ひがんばな)が咲いたら入院患者さんの車椅子を押し見せに来よう…」と思っているうちに見ごろはとうに過ぎてしまいました。中庭に次に咲く花は何だろう? 山茶花(さざんか)までは花見はなしでしょうか。
前の赴任先であった水俣協立病院では十数年を過ごしました。赴任時は研修2年目で、いち早く患者になじもうと、無理して慣れない地元言葉を使おうとしていました。診察室で「今日痛むのは『へき』ですか、それとも『てなんかけ』?」と聞き、「先生、今どきそんな言葉は使わないんですよ」と逆に注意されたことも。
水俣・芦北地区の人たちは、よく「へきが痛い」など、「へき」「てなんかけ」という言葉を使います。「へき」とは一体どのあたりなんだろうと思い調べてみると、どうやら背中の上の方のことを言っているらしいのです。「へき」はつまり壁ということか。さらに調べてみると、やはり肩甲骨のあたりを指し示す語句でした。そしてもう一つ、「てなんかけ」という頻出単語。「へき」と意味的に近いようであり実は微妙に違っているらしく、地元の人は上手に使い分けて、自分の体でどこが一番痛いのかを相手に伝えていました。それでは「てなんかけ」とは? 体のどこをさしているのか? 「へき」との違いは何か? 調べたところ、「てなんかけ」とは、水俣弁でもなければ、芦北弁でもなく、筑豊弁で肩甲骨のことを言うのだと。「てなんかけ」というくらいだから、てっきり逆側の手が届く範囲の肩のあたりを言うのかと思っていました。だとすると、「へき」との違いは何だったのだろう。結局、十数年過ごしてみても違いはわからないまま、水俣を去ることになりました。
きっと今も水俣の待合室では、今日は「へき、てなんかけが痛い」などの日常会話が飛び交っているのでしょう。そんな会話も席の間隔をあけ、マスク越しにしかできないご時勢でもありますが。(清島美樹子、熊本・菊陽病院)
(民医連新聞 第1749号 2021年11月15日)
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