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民医連新聞

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一人ひとりの権利が守られる社会へ 鼎談 ヤングケアラーを考える

 ケアにかかわる子どもや若者の支援に何が求められ、私たちには何ができるのか。立命館大学産業社会学部教授の斎藤真緒(まお)さん、元ヤングケアラーの高岡里衣(りえ)さん、長野・健和会病院の医師の和田浩さんの協力で鼎談(ていだん)を行いました(8月14日)。

和田 まず高岡さんにお聞きしたいのですが、当時ケアラーであることをどう感じていましたか?
高岡 小中学生のころは自分が特別だとは思っていませんでした。高校からは周囲との比較で、「なぜ自分や母だけが大変な思いをするのか」と感じました。ただ、病気の本人を差し置いて、自分が弱音や不安を言うことはわがままだと思っていました。複雑な思いはありますが、いまは母の必死に生きようとする強さや家族への大きな愛情を感じられたことは、財産だと思っています。しかし、長年のケアの影響はいまも心身の不調に表れ、人生の再設計の難しさを痛感しています。
斎藤 ヤングケアラー、とりわけ子どもがケアにかかわることの心身への長期的影響は大きく、対策がすすんでいるEUでも、メンタルヘルスは問題になっています。
和田 私が出会ったのはもともと不登校などの子どもたちなので、影響を判断するのは難しいですが、ケアが終わった後も影響が残るのはその通りだと思いました。
斎藤 ケアの影響というと近年、ヤングケアラーによる虐待や殺人など、痛ましい事件が報道されています。しかし、あまり深刻でないケースでも、相談したことでネグレクトと決めつけられ、相談をやめてしまうこともあります。また遅刻や提出物の遅れによって、態度の悪い生徒とみられることも多いです。
高岡 子ども相手だと、こちらの事情や気持ちを聞かずに決めつけて話す大人も多く、本当のことをわかってもらえないと感じて話す気がなくなることもありました。

ケアしている人に目を向けて

和田 支援の現場で私たちがヤングケアラーと出会ったとき、どのような接し方が必要でしょうか?
高岡 例えば「他の家族はなにをしているのか?」という、家族を非難するような聞き方には傷つきます。そうではなく、ケアラー本人のつらい気持ちや体調を気遣ってくれると話しやすいです。
和田 よくわかります。小児科でも「お母さんは眠れていますか?」と声をかけると、ホッとしてくれます。ケアをしている人にも、焦点を当てることが大切ですね。
斎藤 私も障害者の親として、家族内でのケアには悩んでいます。障害者の家族を持つきょうだいは「ケアにかかわることで特別に褒められるのは嫌。しかし、ケアから完全に切り離されるのも嫌」と話しています。国の支援はケアを代替して負担を軽減する方向ですが、病気や障害はいっしょに生きていくものです。家族にもケアしたい気持ちと嫌な気持ちのどちらもある。そのときどきに合わせた、柔軟な支援が必要です。
高岡 気持ちの浮き沈みはとても理解できます。ケアする側もされる側も、前向きな時もあれば、「死にたい」とすら思う時もあります。しかし、社会はその矛盾にとても厳しい。
斎藤 男性介護者とかかわるなかで、そうした負の感情を吐き出すことは大切だと感じています。
高岡 私の経験だと、子どもの場合はさらに過酷です。周囲の大人から「えらいね」「すごいね」と言われ続けて、自分の素直な感情を吐き出せず追いつめられる。

アンテナは高く安心して話せる場所を

和田 仮に9歳の高岡さんが話をする機会があったとして、自分の気持ちを言葉にすることは難しかったのではないですか?
高岡 たしかに言葉にするのは難しかったと思います。ですが、泣いたり感情を表に出すだけでも、癒やされることはあります。子どものころ、病院で母と別れるときに泣いたことを父にたしなめられ、自分が泣いてはいけないのだと思いました。そうした気持ちに気づいて、解きほぐしてくれる大人がいたらよかったのに、と思います。
和田 周りの大人が高岡さんの状況に気づけるチャンスは、たくさんあったと思います。私も貧困問題を意識してはじめて、「こんなにサインがあったじゃないか」と気づきました。言葉にできない気持ちや、不調に寄り添うのも医療の役割だと思います。
高岡 私は小学生のころから、吐き気やめまいで病院に通うこともありました。高校時代も、めまいや過呼吸で登校できない時期がありましたが、まわりの反応は「あの子は体が弱い」「ストレスに弱い」というもので、気づかれることはありませんでした。
和田 健和会病院の小児科は、困難を抱えていそうな患者や家族を多職種カンファレンスで共有しています。事務や看護師は親子をよく観察していて、そこから関係性なども見えてきます。時には「困った患者」という、負の感情から困難に気づくこともあります。
斎藤 多角的な視点はとても大切で、医療現場ではSWの果たす役割も大きいと思っています。医療以外の社会資源とつなげ、どのように支援を広げていけるかが課題です。イギリスでは総合医などが家庭内にケアが発生した時点から、影響を受ける子どもをチェックし、行政とも連携して早期に対処する方向をめざしています。
和田 まずはヤングケアラーを発見し、その話を聞くことが必要ではないでしょうか。当事者のニーズを知らなければ、本当に必要な支援はできません。
高岡 私は当時を思い返すと、安心できる大人に一対一で話を聞いてもらいたかったです。
斎藤 民医連は「なんでも相談会」をしていますが、「ケアをしている“あなた”は健康ですか?」という、相談会をしてみてはどうでしょう。老若男女を問わず、ケアラーが安心して自分の話ができる場所をつくり、個別の要求を知る機会にもなると思います。

ケアラーがその人らしく生きられる制度・支援を

高岡 母が65歳になった途端、身体障害者制度から介護保険制度に切り替わり、それまで使えていたサービスが使えなくなって、ケアや経済的な負担が増えました。合理的とは言い難いので、必要に応じて十分なサービスが使える制度になってほしいです。
斎藤 現行制度は患者や要介護者への支援が中心です。ケア“される人”と“する人”を切り離して考え、ケアラー自身の権利や抱えた問題に寄り添う別立てのケアラー支援も必要だと思います。現在、全国3カ所の自治体でケアラー支援条例が制定されています。ケアを引き受けることによる社会的なぜい弱性を認め、すべてのケアラーが「個人として尊重され、健康で文化的な生活を営む」権利についての社会の合意形成が運動としても大事です。
高岡 母は往診や訪問看護、ヘルパーも利用していました。私はその細切れの時間を使い生活していて、自分のために使えるまとまった時間がほしかったです。カウンセリングや相談の機会も保障してもらえたらうれしいです。
和田 日本では多くのことが家族単位で考えられ、医療従事者でもケアを家族がするのは仕方ないと思いがちです。そうした考えをやめ、一人ひとりの権利が守られる社会に変えなくてはいけません。
斎藤 いまの制度は家にケアする人がいることが前提で、核家族化や共働き、一人親家庭の増加など社会の変化を反映していません。
高岡 私もケアのために、やりたかった仕事をやめなければいけませんでした。父が働くことで家計は保てましたが、家族の誰か一人に負担が集中してしまえば無理が起こります。また再就職ではケアをしていた期間は空白と見られ、体調の問題もあって、仕事を選ぶことも難しいのが現状です。
斎藤 仕事を通じて社会とのつながりを維持することは大切で、ケア以外の人間関係を持つ精神面のプラスや、ケアが終わった後の人生にもかかわってきます。誰もが人生のいずれかの時点でケアすることを前提に、ケアをしながら続けられる働き方や、政治のあり方も重要だと思います。

これからに向けて私たちにできること

斎藤 今後、当事者たちを中心に据え、当事者の目線で必要なことを話しあうプロジェクトを企画しています。ケアラーがエンパワーメントされて、必要なことを言語化する力にしたい。「家族」という価値観や、大人の子どもへの見方を変える必要も感じています。
和田 家庭内での役割によって、子どもや若者の権利が侵害されていると気づけることが必要だと感じました。その点で、医療従事者はケアラーの近くで気づける立場にあります。これまでのとりくみのなかにヤングケアラーへの視点を持ち、活動の幅をひろげてかかわることが大切だと思いました。
高岡 私自身そうでしたが、「人の手を借りるのは申し訳ない」「自分を優先するのは悪いこと」という罪悪感を持つヤングケアラーはとても多い。でも「そうじゃない」「あなたにも権利がある」と声を大にして伝えたい。医療機関には大きな力があります。ぜひ今後も支援してほしいです。


高岡里衣さん
 元ヤングケアラー。両親と兄の4人家族で、9歳の時に母親が難病の多発性筋炎を発症し、ケアにかかわるようになる。母親はその後も間質性肺炎や悪性リンパ腫を併発し、23歳からは仕事をやめてケアに専念。2019年に母親が他界するまで、24年間ケアを行った。

斎藤真緒さん
 立命館大学産業社会学部教授。15年ほど前から男性介護者の研究や支援にとりくむ。元ヤングケアラーの担当学生との出会いがきっかけで、2017年からは本格的にヤングケアラーにかかわるようになる。障害児を含む2児のシングルマザーでもある。

和田浩さん
 長野・健和会病院の院長で小児科医。10年ほど前から、子どもの貧困問題にとりくんでいる。現場でヤングケアラーに出会い、問題意識を持つ。


 斎藤さんが発起人の当事者参加型の支援プロジェクト「YCARP」では、医療や介護の現場からもサポーター参加を募集しています。詳しくは下記の連絡先までお問い合わせください。
E-mail:carersactionresearchproject@gmail.com

(民医連新聞 第1748号 2021年11月1日)