介護の未来をひらく 特養あずみの里裁判をたたかって 連載(12) 国の責任で社会福祉事業の最低基準を見直し、底上げを 21世紀・老人福祉の向上をめざす施設連絡会 事務局長 正森克也さん
全国の仲間の奮闘で「無罪」を勝ち取った特養あずみの里裁判。そのたたかいや教訓をふり返る、連載第12回は、21・老福連事務局長の正森克也さんです。
特別養護老人ホーム・あずみの里の入居者が死亡したことについて、准看護師個人に業務上過失致死罪を問うた裁判で、無罪が確定して1年が経過しました。介護の仕事は、どんな場面でもいのちと隣り合わせです。この出来事を通して、老人ホームで一人ひとりのいのちとその人らしい暮らしを守るために、何が必要かということをあらためて考えることはとても大切だと思います。
あずみの里で起こった事故は、9つのテーブルに分かれた17人の高齢者に対し、2人の職員でおやつを提供しているときに起こりました。うち食事の全面介助が必要な人は2人でした。当時、亡くなった入居者には嚥下(えんげ)障害の疑いはなかったものの、体調不良により嘔吐(おうと)が懸念され、食形態の見直しがあるなか、ドーナツが提供されたことが問われました。
この裁判が社会的に与える影響はきわめて大きいものでした。日本中の介護施設の職員は、あずみの里と同じような職員配置で利用者処遇にあたっており、「自分の施設で、同様のことがいつ起こってもおかしくない」と思わせる出来事だったと思います。このことは、すべての施設の処遇方針がリスクを排除する方向に傾くことを意味します。当時、ドーナツを提供することの是非、准看護師の対応の是非、あるいはチームとしての処遇のあり方の是非などが報道などで論じられました。私は、今の日本の福祉基盤の脆弱(ぜいじゃく)性こそ問われるべきであると思います。
今、新型コロナウイルス感染症が国内に蔓延(まんえん)し、高齢者施設でのクラスター発生も少なくありません。介護や医療の仕事は3密になりやすい上に、面積基準や建物構造、そして少ない職員配置基準の脆弱さが拍車をかけ、そのことが、今の「医療崩壊」「介護崩壊」をひきおこし、国民と職員のいのちを脅かしています。あずみの里裁判の教訓をしっかりと受け止めるならば、国は、社会福祉事業における各種の最低基準を見直し、底上げを早急に行うべきだと思います。(連載終わり)
特養あずみの里裁判とは
2013年、おやつのドーナツを食べた入所者が急変し、のち死亡。その場にいた看護職員個人が業務上過失致死罪で起訴された、えん罪裁判。無罪を求める署名のべ73万筆余りが集まり、20年7月に東京高裁で逆転無罪。
(民医連新聞 第1740号 2021年7月5日)