フォーカス 私たちの実践 家族に移乗介護負担 軽減アプローチ長野・老健はびろの里 連携強化でADL向上のリハビリ
長野県民医連第21回学術運動交流集会で、家族に対する移乗介護負担軽減のとりくみが報告されました。老人保健施設はびろの里の池上武さん(理学療法士)です。
■はじめに
本症例は脳梗塞・重度右片麻痺(まひ)により、ADL全介助の利用者です。自宅に退院後、家族による移乗介助の負担が大きく見られました。今回、家族の移乗介助負担軽減がはかられた経過を報告します。
80代の女性のAさんは、脳梗塞で右片麻痺(失語症あり)。現病歴はX日、A病院にて脳梗塞を認め入院。同年X+39日、リハビリ目的でB病院に転入院。その後同年X+130日、自宅に退院。移動は車椅子でADL全介助。X+136日、通所リハビリ利用開始。既往症は多発脳梗塞、パーキンソン病、うつ病、左THA(Total Hip Arthroplasty:人工股関節置換術)手術。生活状況は要介護4、娘夫婦と同居し、キーパーソンは娘。介護用ベッド、車椅子を使い、玄関以外は完全にバリアフリーです。本人の希望は、「家に戻り、娘がつくった食事を食べたい」。家族は「起きている時間をなるべくもち、気分転換してほしい」。リハビリの目標は、移動動作での協力動作獲得、家族の介護負担軽減としました。
■家族に介助動作指導
Aさんは、細身で体動が少なく、周囲に興味がない様子。元々のパーキンソン病や左股関節の変形外科疾患に加え、今回の重度右片麻痺によりベッド生活になっていました。右上下肢は重度弛緩(しかん)性麻痺により随意運動が困難。肘関節の完全伸展困難、左上肢は支持物を引く筋力はなく、左下肢は重度筋力低下。膝関節の完全伸展は困難でした。起立は、体幹前傾や離殿(りでん)ができず、PTが殿部(でんぶ)・体幹を持ち上げる。立位も両股、肘関節が伸びず、PTが右膝折れを持ち上げます。左足の踏み替えはPTが右膝、体幹伸展を支え、右足へ重心を誘導しないと左足の踏み替えはできない状態でした。
両膝関節伸展可動域拡大、右麻痺側下肢機能練習、両下肢・体伸展筋群促進などの治療を行いましたが、移乗介助負担は治療後も大きく変わりませんでした。移乗動作の介助量が変わらなかった原因として、今回の脳梗塞の他、PD(Parkinson Disease:パーキンソン病)による無動や姿勢反射障害、うつ病による自発性低下が影響している可能性がありました。そのために家族の介助動作への指導を行いました。
■腰痛が軽減
家族による移乗介助では、開始姿勢は前方介助。家族が腰を曲げ、前上方から両腋窩(えきか)を抱える動作をとり、この時にAさんの右膝を押さえていませんでした。立ち上がり介助では、家族の腕、腰でAさんを持ち上げます。この時、Aさんの膝が伸びないまま家族が体幹を回して方向転換していました。家族は腰痛を強く訴えていました。家族による移乗介助時の腰痛評価は、Face Scale (0‥笑顔~5‥泣き顔)で4でした。
家族の介助負担増大の問題点は、Aさんの右膝を押さえないまま、体幹を腰で持ち上げる点にありました。そのため、Aさんの膝折れを誘発し、体幹を持ち上げる介助量が増大したと推察しました。同時に家族が膝を曲げないことで腰を深く曲げた姿勢となり、高所から体幹を持ち上げることで腰痛が生じていたと考えました。
そこで家族に、(1)膝を曲げること、(2)Aさんの右膝を家族の両膝で押さえる、(3)下肢伸展運動により持ち上げるように伝えました。
その結果、家族の腰痛評価はFace Scale2へ低下が見られました。家族が膝を曲げ、Aさんの右膝を両膝で押さえること、起立時は家族の下肢伸展運動でAさんの体幹を持ち上げることで、Aさんの下肢も伸展し、お互いの体の高低差が軽減されていました。Aさんは失語症の影響で介助方法の変化による負担の増減などを訴えることができませんが、特別苦痛を訴えるような表情は見られず、介助方法の変化によるAさんへの身体的負担の影響はないと判断しました。
家族から、「前より楽で、腰も痛くない」との発言がありました。これは腰を支点とした引き上げ運動から、下肢の伸展運動に切り替えたことで、腰椎やその周囲筋の負荷を軽減できたためと考えられました。
■おわりに
今回、家族の移乗介助方法に着目し、負担増大の原因や、より負担の少ない方法を伝えることで、家族の介助の方法に変化が見られ、負担軽減につなげることができました。
今回の経験を生かし、今後は家族を含めた連携を強め、より患者・家族のQOL向上をはかる生活期リハビリテーションを構築していきたいと思います。
(民医連新聞 第1740号 2021年7月5日)
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