2021 選挙に行こう 福島第一原発事故 目先のコスト優先の国・東電 汚染水の海洋放出を許すな
東京電力福島第一原発では原発事故(2011年)以降、溶け落ちた核燃料の冷却や雨水・地下水の流入などで、放射性物質が混入した汚染水が増え続けています。この汚染水を多核種除去設備(ALPS)などで処理した「処理水」について、菅内閣は4月13日、海洋放出を行うと決めました(2023年開始予定)。
しかしこの決定は、あまりに乱暴です。国と東電は2015年、「処理水」について「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と約束。ところが実際は、理解を得るために必要な公聴会や公開説明会などをほとんど開きませんでした。
「保管場所がない」と言うが
なぜ海洋放出なのか。「処理水の保管場所がなくなる」ことが最大の理由とされています。
福島第一原発の敷地には、東京ドーム1杯分にあたる125万トン(ことし2月18日)の処理水がタンクに保管されていますが、約1000基あるタンク全体の容量は137万トン。「あと2年でいっぱいになる」という説明です。
しかし市民団体「原子力市民委員会」(座長=龍谷大学・大島堅一教授)は、元原発技術者を交えた検討の上で、現在より大型のタンクを建設して「処理水」を長期に貯蔵し、放射線量の減衰を待つ案を提案。会は「石油などの備蓄で実績のある大型タンクをつくることで、敷地を効率的に使うことができる」と検討を求めました。
国と東電は「タンク新設の敷地がない」と主張する一方で、原発敷地内に原発事故で溶け落ちて固まった核燃料デブリの保管場所などを確保しようと計画。とくに核燃料デブリは建屋(原子炉などを格納した建物)内の放射線量があまりに高いため、現状が十分に確認できておらず、全量取り出せるかどうかの見通しも立っていません。会は見通しの立たないものより「処理水」を海に流さないことを優先するよう求めています。
国と東電は、大型タンク新設案について後ろ向きな態度をとり続けました。会は、大型タンクの設置場所として土捨て場などの北側の敷地(図)や敷地周辺に広がる中間貯蔵施設(汚染土などを保管)を活用するほか、アメリカの核施設で実績のある「モルタル固化」なども提案しています。
政府の小委員会は、「処理水」の処分について、海洋放出を含めた5つの案をあげていましたが、海洋放出のコストがもっとも低い額でした(表)。海洋放出の決定は「目先のコストを優先した結果」と批判されています。
8年経っても「試験中」のALPS
さらにALPSの能力も疑問視されています。
東電は「トリチウム以外の放射性物質はALPSによって取り除かれており、処理水には含まれていない」と説明していましたが、2018年になって他の種類の放射性物質が含まれていることを公表しました。しかも「処理水」の8割以上に、自然界に放出可とされている基準値を超える放射性物質が含まれており、最大で基準値の2万倍に達していたと明らかにしました。
国と東電は、「再度ALPSで処理した上で海洋放出する」と説明していますが、ALPSは2013年の稼働以来「試験運転」のままで、本格運転前の「使用前検査」を受けていない状態です。これで「トリチウム以外の核種を取り除く」と言われても、肝心の性能が8年たっても「試験中」というのでは、自ら決めた海洋放出の前提すら崩れています。
解決に向けた真摯な検討を
国と東電は原発事故当初から、地震計の数値や、放射性物質の飛散予測情報など、さまざまなデータを隠ぺいしてきました。
ことし3月には、同じ東電の柏崎刈羽原発(新潟県)で、2020年3月以降、部外者が不正侵入した際の検知システムが機能していなかったことが発覚しました。しかも機能の不備を認識しながら放置していたのです。危険な原発を、このようなずさんな管理ですませている東電に、管理する資格があるのかという声も高まっています。
汚染水の増大自体、地震・津波などによる事故防止策の強化・総点検を求める市民や国会での再三の指摘を顧みず、原発事故を招いた国と東電の責任です。一方的な方針決定で、公共の海に汚染された水を流すことは許されません。
現在保管されている「処理水」内のトリチウムは860兆ベクレルとされていますが、核燃料デブリを水で冷やし続ける限り、汚染水は増え続け、さらに放射性物質を海に流すことになりかねません。
目先のコスト優先で突きすすむのは、原発推進の政策に固執しているから。放射能汚染による被害を小さく見せたいという意図が、復興をさまたげています。エネルギー政策の転換が必要です。
放射能汚染の拡大を恐れる声を矮小(わいしょう)化せず、別の選択肢を含めた真摯(しんし)な検討をあらためて行うべきです。(多田重正記者)
唯々諾々と受け入れるわけにはいかない
福島・生業訴訟原告団長 中島孝さん(スーパー経営)
汚染水を海に流すと聞いて信じられない気持ちです。漁師、民宿、魚屋、仲買業者など、県内の漁業にかかわる業者は命運を絶たれる。農産物も打撃を受けるでしょう。国・東電に被害者の痛みを感じる姿勢すらないことに腹が立つ。県民の努力を無にする決定で、唯々諾々(いいだくだく)と受け入れるわけにはいきません。
東電による営業の損害補償は非常に低額で、泣いている人たちが山ほどいます。ここで汚染水が流されれば、福島県の魚はほとんど売れなくなるでしょう。県外の人ほど食べなくなる。福島の魚は安くておいしいからと食べていた地元の人も、食べなくなるでしょう。福島県にも「科学的に食べて大丈夫なのか」と必死に調べている人がたくさんいます。
トリチウムは体内にとりこまれれば、低線量でも内部から被ばくして遺伝子を破壊すると警告する科学者もいます。ALPSの「処理水」にはトリチウム以外の放射性物質も含まれ、基準値を超えている。薄めて流すなんてとんでもありません。私たちは今、海洋放出に反対するよう県知事に要請しようと準備しています。国と東電にも海洋放出を撤回させたい。全国のみなさんもいっしょに国と東電に要請してほしいと思います。
※福島・生業訴訟 原発事故被害者らが、国と東電に損害賠償と原状回復を求めた訴訟
トリチウムの海洋放出は他にも
放射性物質の一種・トリチウムは水素と同じ性質で、水と同じ形で存在しているため、多核種除去設備(ALPS)では取り除けない。稼働する限り、原発由来のトリチウムは排出される。原発事故以前は全国の原発から年約350兆ベクレルのトリチウムが海に流されていた。
原発とは別にトリチウムを排出していた施設がある。東海再処理施設(茨城県東海村)だ。同施設は1977~2007年、原発の使用済み核燃料からプルトニウムや燃え残りのウランを取り出す再処理をしていた。再処理施設では、核燃料をおさめた被覆管を壊すため、トリチウムの排出量が通常の原発よりも多くなる。30年間で4500兆ベクレルのトリチウムを海に流していた。これは福島第一原発に保管中の処理水の5倍にあたる。
(民医連新聞 第1737号 2021年5月24日)
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