介護の未来をひらく 特養あずみの里裁判をたたかって 連載(8) 徹底した調査と事実の積み重ねが大切 上野廣元法律事務所 弁護士・上野 格さん
全国の仲間の奮闘で「無罪」を勝ち取った特養あずみの里裁判。そのたたかいや教訓をふり返る、連載第8回は、弁護士の上野格(いたる)さんです。
私は、全日本民医連の顧問弁護士です。あずみの里の弁護団では、主に窒息論、死因論を担当しました。
あずみの里の職員のみなさんとのかかわりで思い出深いのは、事故再現ビデオの作成です。起訴状は、山口けさえさんが亡くなったKさんと1対1で隣に座っていながら、窒息するのを放置して死亡させたかのような悪印象を持たせるものだったので、事故発生までの流れや、山口さんがいつどこで何をしていたのか、食堂の状況を明らかにすることが急務でした。
職員のみなさんに勤務後の夜に集まっていただき、利用者役で座席に座ってもらって、当時、食堂にいた職員と山口さんで、おやつの配膳で取った行動を再現しました。再現会は3回行いました。当時の事実を忠実に再現するよう、私は何度も「最初からお願いします」とくり返しました。職員のみなさんが、「このとおり」と納得した映像を見ると、山口さんはKさんにドーナツを配膳した後も、他の利用者に声をかけながら配膳を続けていました。山口さんがKさんの隣に座るまでに、Kさんはドーナツを食べ終わっていた可能性が高まりました。他の職員も含めて、Kさんから目を離した時間は、ごくわずかでした。17人の利用者に職員2人で対応しており、食事介助が必要な利用者が2人いました。Kさんをジッと見続けることなど不可能でした。完成したビデオは、支援の訴えや学習会で使われ、好評でした。また、裁判でも証拠として採用されました。
裁判では、徹底した調査により、客観的な事実を積み上げることが何よりも大切です。再現ビデオにより、裁判所に山口さんに注視義務違反はないことがハッキリ伝わり、注視義務違反については一審で否定されました。まさに、あずみの里の職員のみなさんで勝ち取った判断だったと思います。残念ながら、配膳義務違反という無理な理屈で有罪にされてしまい、それが正されるのは控訴審判決まで待つことになりましたが。
日本看護協会出版会から『特養あずみの里裁判を考える』というブックレットが発行されました。私も対談記事で、裁判について話しています。ぜひご覧ください。また、7月21日に、医療・介護管理者・顧問弁護士交流会が開かれます。あずみの里の裁判の教訓や、警察との対応のあり方について取り上げます。
特養あずみの里裁判とは
2013年、おやつのドーナツを食べた入所者が急変し、のち死亡。その場にいた看護職員個人が業務上過失致死罪で起訴された、えん罪裁判。無罪を求める署名のべ73万筆余りが集まり、20年7月に東京高裁で逆転無罪。
(民医連新聞 第1735号 2021年4月19日)