診察室から 誠意が生んだ贈り物
「この患者さん、ちょっと苦手だな」ということが、正直に言うとあります。小さなおうちにひとり暮らし、小柄で痩せたご老人、寝たきりです。何度も訪問診療しているのに、「あんたは偽医者や」「はよ帰れ」「あほか死ね」「警察呼ぶぞ」と眼光するどく罵詈雑言(ばりぞうごん)、近づくと手が飛んできます。栄養補助剤入りの吸い飲みを力いっぱい投げつけます。だから、いつも床はベトベトしています。認知症の故とわかっていても、ちょっと度が過ぎています。
とある日の訪問診療の出来事です。「そうだ、今日はユマニテュードの精神でやってみよう。そうすれば心を開いてくれるに違いない」。そう期待して、低い姿勢から満面の笑顔をつくり、ゆっくり近づきました。精いっぱいやさしい声で、調子はどうですかと言った次の瞬間、ぱちーん。壁にむかって飛んでいく私の眼鏡。頬に感じる痛み。あ、たたかれた。私はほうけた真顔になりました。
ホームヘルパー、訪問看護師も同じ目にあっているわけです。これはいかんと思い、後日、ケアマネジャー、市の福祉担当者も加えて会議を開きました。みなさんほとほと苦労していることがわかりました。そんな中、ひとりのホームヘルパーの発言。「この方は幼少期に、足の長さが左右違うことで、ずいぶんいじめられたようです」。はっと気づかされました。こういった人生のエピソードを知ることが、優しいケアが続けられる大切な要因になるのだ、と。
とは言っても、抗認知症薬の貼付剤を一度試してみようということになり、2カ月ほどした訪問診療で、ご老人から「ありがとう」という言葉が出たのです。耳を疑いました。きっと期待させておいて、帰り際に「あほ死ね」「もうくるな」と言われるかと思いきや、もう一度、ありがとうの言葉。薬が効いたのか、たまたま食べていたクリームパンがおいしかったせいか。いいえ、きっと日々の誠意ある介護、看護の積み重ねが生んだ、贈り物に違いないと思いました。(安藤公二、京都民医連太子道診療所)
(民医連新聞 第1731号 2021年2月15日)