出会いは人を変え ひとりの声は社会を変える 新春対談 安田菜津紀さん×増田剛会長
新型コロナウイルスの感染拡大の中、2021年を迎えました。全日本民医連第44回定期総会から、1年がたとうとしています。増田剛会長が、多方面で活躍するフォトジャーナリスト・安田菜津紀さんと対談しました。(文・丸山いぶき、写真・丸山聡子)
構造的な格差をなくし
新しい未来を築こう
増田 「サンデーモーニング」(TBS系)での切れ味鋭いコメントに、感銘を受けています。
私の好きな言葉は「人びとの困難あるところに、民医連あり」です。安田さんもいつも困っている人に寄り添い、生の現実を、写真を通して発信していますね。紛争地にも普通の人の、普通の生活があることが伝わってきます。
安田 うれしいです。ありがとうございます。
増田 どのような思いで、取材しているのですか?
安田 取材はいただきもの。時間、言葉、経験をもらい、何を返せるか? と考えています。「会いたい」というのも根底にあります。ジャーナリストである前に、人としてかかわりたいんです。
増田 フォトジャーナリストという職業を選んだきっかけは?
安田 16歳の夏、アジアで教育支援をするNPOの企画で、カンボジアを訪れたことでした。
中学2年生で父を、3年生で兄を亡くし、家族って何だろう? と考えていた時期でした。「違う環境で生まれ育った同世代に会うことで、答えが見つかるかも」と訪れました。出会い以上に人を変えるものはありません。
外国人の医療アクセス
増田 日本に暮らす外国人の問題も発信していますね。彼らの医療は大きな課題になっています。
安田 そこは、ぜひ聞きたいところです。在留資格がなく国民健康保険にも入れない人たちは、就労許可もおりず、もともと脆弱(ぜいじゃく)でありながら、コロナでさらに追い詰められていますよね。
増田 私が勤める埼玉協同病院がある川口市にはクルド人が多く、病院にかかれない人がたくさんいます。NPOと力を合わせ、外国人健康相談会を行っています。彼らの状況は知られていません。
安田 「外国人コミュニティーでクラスター発生」などと言われますが、背景が伝えられないため、「ほら、外国人が」とレッテルがひとり歩きしがちです。
増田 クルド人は本当に礼儀正しく、日本社会になじもうと努力しています。そんな彼らに対して、日本は責任を果たしていません。
当院にも、医療・介護労働に従事するベトナム人技能実習生の仲間がいます。意識も能力も高く、母国の技術向上のためにがんばっています。
安田 その志をそぐほどに、日本の受け皿はガタガタです。国がどうにかしなければなりません。
増田 今は民間団体が無権利の人をフォローしています。私たちは、無料低額診療事業でいのちを救おうとしています。私たちと出会い、初めて社会とつながれた外国人、日本人もたくさんいます。
より脆弱なところに予算を
安田 コロナ禍の医療現場も守られなければなりません。現場の疲弊感は、どうですか?
増田 日本でも高齢者の感染が増え、医療崩壊の危機が迫っています。高齢患者のケアは排泄や食事など倍以上の労力がかかり、退院基準を満たしても受け入れ先が見つからず、退院できない人がいます。職員は感染の恐怖と、常に向き合っています。
安田 医療従事者のケアも緊急に必要だと感じます。夫の父は、岩手県陸前高田市にある県立病院で副院長をしていました。東日本大震災で被災して、津波で妻を亡くしました。懸命に医療を続けましたが、限界を超え陸前高田を離れました。その後も陸前高田に近づこうとすると、手が震え呼吸が苦しくなると言っていました。
今も、ささえる人をささえることが、手薄になっています。
増田 お義父様の状況はすごく理解できます。民医連も職員のヘルスケアに力を入れています。
安田 一方で、自粛を要請しながら「GoTo」と、政府からちぐはぐなメッセージが出されます。国の施策をどう見ていますか?
増田 コロナ禍で、看護や介護、保育、配送、スーパー、ごみ収集など、その人がいないと社会が回らない仕事=エッセンシャルワークにつく人が、一方的に被害を受けています。どこにお金を回すべきか、はっきりしたはずです。
安田 補正予算の予備費はより脆弱なところに使うべきですよね。
増田 保健所は職員の犠牲的長時間労働でもっているのが現状です。医療機関は、コロナ以前からベッドを95%以上稼働してはじめて黒字を出せる報酬体系で、到底もちません。コロナ患者を受け入れていない医療機関には、ほとんど補償もありません。
安田 公共サービスは、すぐ「無駄だ。なくそう」と言われますが、緊急時に遊び(余裕)がないと、すぐに限界を超えますよね。
増田 いのちの安全保障が、ギリギリでいいはずありませんよね。
批判を封じていいことはない
増田 安田さんのような若い人の発信が、心強く、うれしいです。
安田 「緊急時に批判している場合じゃない」と言われます。でも、批判する声を封じれば、少数者の問題には、光さえ当たりません。日本では内容より批判行為そのものが「空気を読めない」と煙たがられますが、社会のためには批判しなければなりません。
増田 ジェンダーの問題でも発信していますね。
安田 「男性だって大変」と言われます。それを否定するわけではありませんが、どっちもどっちではなく、不平等の問題、構造的格差を何とかしませんか? と提案したいです。
中米のグアテマラでは、例えば道ばたなどで女性に声をかけない男性は「男らしくない」と言われてしまう、とNGO関係者が話していました。結果的に、男性も生きづらくなっているはずです。
アメリカで女性初の副大統領に決まった、カマラ・ハリスさんが「初めてだが、最後ではない」と、少女たちに向けて語った演説には、久しぶりに政治家の言葉を聞いたと感じました。
増田 本当に。日本は100年遅れていると感じました。菅内閣の女性閣僚も少ないですよね。
安田 私は、対峙する野党第1党の主要5ポストが全員男性だったことに、心底がっかりしました。「そこから変えようよ」という声を届け続けようと思います。
世界の若い世代に遅れをとるな
若い世代に希望を託し
安田 紛争が続く中東シリアで、「日本には発言の自由も選挙権もあるけど、投票率は低い」と話すと、がくぜんとされます。「私たちはその自由を得ようと、あれだけの犠牲を払ったのに」と。
社会の一員として、民主主義の手間を惜しまず、大事にする意識は、教育で培われなければ持てません。しかし、日本の教育予算はOECD最低レベルです。自分を大切にしてもらっていない若い人たちに、「社会を大切に」と言っても響くはずがありません。
若い世代へは文化からの発信が重要だと思います。黒人差別撤廃を訴えるBLM運動ではアーティストがガンガン発信しています。
一方、日本では「音楽家が政治を語るな」、私も「写真家が」と言われます。ジャーナリストなのに。政治を語っていいのは政治家だけでしょうか。肝心の政治家は「お答えを差し控える」と言うばかりです。検察庁法改正案問題の時には、今までにない芸能人が発信しました。反発もありましたが、芽が出た気がします。
増田 10~20年前より、そうした発信が増えましたよね。
安田 気候危機に対する運動に参加する若い人たちには、「やるのが当たり前」という感覚さえ感じます。でも、それに冷笑を浴びせる政治家もいます。せめて、彼らの意識をそがないで! 冷笑で世界は良くならないから!
増田 世界の若者の変化に驚いています。気候危機に対する運動や、アメリカやイギリスといった資本主義大国で、社会主義的政策を支持する若者が増えていることなどを見ても、間違いなく芽は出てきています。
安田 政治が変わらなくても、「私たち勝手にやります」と、テクノロジーを生かし、どんどん先を行く若い人もいます。決して、教え導く対象ではありません。
* * *
増田 コロナ禍で生まれた転換の機運を、一時のものにしない努力が要りますね。どんな変化もひとりの声から。安田さんもオピニオンリーダーだと思います。
安田 海に最初に飛び込むファーストペンギンですね。2021年を、良い年にしていきましょう。
増田 ぜひ!
フォトジャーナリスト
安田菜津紀さん
やすだ・なつき
1987年生まれ。Dialogue for People副代表、フォトジャーナリスト。中東やアフリカ、日本各地を取材。著書に『写真で伝える仕事~世界の子どもたちと向き合って』(日本写真企画)など。2019年4月から1年間、『いつでも元気』で連載。サンデーモーニング(TBS系)コメンテーター。
(民医連新聞 第1728号 2021年1月4日)