原発事故から9年 福島県民の願いに背くイノベーション構想 もとの暮らしを取り戻す復興を
来年3月、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から丸10年を迎えます。被災者や被災地の今は? 政府のこれからの復興方針は? 9年経った今も続く被害やリスクについて8月25日、原発をなくす全国連絡会が学習会を開催。原発問題住民運動連絡センター筆頭代表委員の伊東達也さんが講演しました。概要を紹介します。(代田夏未記者)
被災した福島では事故直後、12市町村に避難指示が出ました。現在、双葉町を除く11市町村に帰還宣言が出ましたが、居住率は30・4%と低いままです(帰還率は発表されていない)。いまだ7市町村が帰還困難地域のため、約2万2000人には帰還宣言が出ていません。以前は避難指示の出た12市町村に住んでいて、元の場所に戻れていない人は約5万6000人います。復興庁が発表している「県民の県外への避難状況」は2万9706人(7月9日現在)と、避難の捉え方の違いによるものとしてもあまりに差が大きく、避難の実情に背いていると言わざるを得ません。
■現在も続くリスク・被害
帰還宣言で戻った人は高齢者が多く、子どもは極端に少数です。その原因は、被ばくの不安のほかに、働く場所や交通機関、医療や介護など、生活基盤の体制が不十分なためです。県民の生(なり)業(わい)の基礎となっていた農業、林業、漁業、観光業は深い打撃を受け、今も事故前の水準に戻らないばかりか、風評被害が続いています。
事故の収束をめぐってもリスクや被害があります。使用済み核燃料は長期にわたり冷却が必要です。冷却ができなくなれば大事故につながりかねません。しかし、取り出し時期は何度も延期され、最終保管場所の見通しは立たないままです。溶けた核燃料にいたっては、取り出し方法すら未定です。国は増大する放射能処理水は海洋放水するしかないとしていますが、多くの県民が反対しています。巨大地震や津波に対する対策も依然としてとられていません。
低線量被ばくのリスクもあります。18歳未満の甲状腺検査の結果、いわき市では過半数を超えるA2判定者(のう胞20mm以下、しこり5mm以下、再検査の必要なし)が出ています。「将来、結婚適齢期になったら差別されないか」と誰にも語れないことについて苦しみ、心配しています。
■原状回復は脇に置く
政府は2021年度以降の「復興の基本方針」で、復興庁は10年間は継続するが、11年度から20年度まで約32兆円あった復興予算を、21年度以降は5年間で1兆6億円とする、と発表しました。予算の激減に加え、医療と介護保険料の減税措置の見直しや、避難困難地域は全体を除染しない、なども打ち出しています。
一方で、「イノベーション・コースト(国際研究産業都市)構想」を推進しています。これは避難指示の出た12市町村と相馬市、新地町、いわき市の15市町村に、新たな産業基盤を築く国策プロジェクトです。新たな産業とは、(1)廃炉、(2)ロボット・ドローン、(3)エネルギー・環境・リサイクル、(4)農林水産業、(5)医療関連、(6)航空宇宙の6分野です。
福島県は、事故後の11年8月に「福島県復興ビジョン」で(1)原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり、(2)「ふくしま」を愛し、心を寄せるすべての人びとの力を結集した復興、(3)誇りあるふるさと再生の実現、と3つの住民に寄り添った理念を出しました。しかし、14年に国が「イノベーション・コースト構想」を打ち出すと、それが復興計画の中心になりました。
イノベーション・コースト構想は、原状回復は脇に置いて、原発がだめならベンチャー企業によるロボットなどの新しい科学・産業で、地域をつくり直そうというものです。これは大惨事を利用して、新自由主義路線を持ち込む「惨事便乗型」と言えます。
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復興は被害者の声と被害の真相に向き合い、その克服をはかっていくことが大切です。県民の多くが望んでいることは、もとの暮らしをとり戻す復興です。しかし、自公政権と電力会社は原発を再稼働させ、原発や核燃料サイクル政策をすすめています。これでは「原発大事故 次も日本」です。県民の願いにもとづいた、真の復興を実現させるために、3・11の惨状と教訓を語り続け、粘り強い運動を続けることが大切です。
(民医連新聞 第1725号 2020年11月2日)