広島「黒い雨」訴訟 国は判決受け入れず 市と県が控訴 生きているうちに被爆者の救済を 一審判決こそ「科学的知見」
1945年8月6日、米軍が広島に原爆を投下した直後に、広範囲に降り注いだ「黒い雨」。放射性物質を含むこの雨を浴び、健康被害に苦しみながら、“被爆者”と認められない人たちがいます。広島地裁の高島義行裁判長は7月29日、84人の原告全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じました。しかし、国は「科学的知見にもとづかない」と判決を受け入れず、広島市と県は控訴しました。(丸山聡子記者)
「今すぐ救済してほしい人たちが大勢いるんです」。憤りをにじませるのは、原告のひとりで「黒い雨」訴訟を支援する会事務局長を務める高東征二さんです。
■内部被ばくの被害認める
「黒い雨」は原爆がさく裂した時のちりや灰を含んだ雨です。顔や服が真っ黒になり、油のようだったと言います。その後も雨の混じった水を飲み、雨が染み込んだ田畑で育てた作物を食べました。
直接被爆や入市被爆者へ交付される被爆者健康手帳(医療費などの支援が受けられる)は、「黒い雨」を浴び、放射能の影響を否定できない11の疾患を発症した人にも交付されます。しかし、「黒い雨」が降ったと国が認定する区域はごく一部(下図の大雨地域)で、実際に黒い雨を浴びて病気を抱えていても救済されない人が大勢います。そのため「黒い雨」被害者の会は40年以上前から、広範囲で「黒い雨」が降ったことを明らかにしてきました。
運動に押され、県と市、3市5町は現行の6倍の範囲を対象とするよう要望。国は有識者検討会を設置するも気象や放射能の専門家はおらず従来の区域を追認。やむなく2015年に提訴し、すでに16人の原告が亡くなりました。
広島地裁判決は、「黒い雨」は、国が定める地域より「広範囲に降った事実を確実に認められることができる」と結論づけ、原告全員を「黒い雨」に暴露したと認定しました。また、「黒い雨には放射性微粒子が含まれていたと認められる」と述べ、「黒い雨」を浴びるなどの外部被ばくに加え、「黒い雨」が混入した井戸水の飲用や「黒い雨」が付着した食物の摂取などの内部被ばくの被害を認めました。
牧野一見さん(「支援する会」共同代表)は、「黒い雨の降雨地域の見直しをしなかった国の姿勢を断罪し、被爆者援護施策の転換を求めた画期的内容だ」と言います。
■苦しむ人が何人も
75年前のあの日、当時4歳半だった高東さんは、爆心地から9km離れた自宅にいました。爆音と振動に驚き、泣きながら外にいた母のもとへ駆け寄ると、焼け焦げた紙切れなどが飛んできました。小学生の頃、脇の下やそけい部のリンパ腺が腫れ、3度の手術を受けました。その後は大きな病気をすることもなく、高校教諭として働き続けました。
退職後の2002年のこと。同級生だった女性から、「地域に得体の知れない病で苦しむ人がいる」と言われて訪ねると、部屋の隅に男性がうずくまっていました。「病院へ行きましょう」と声をかけると「金なんか、ありゃあせん」という言葉が返ってきました。地域には同じような人が何人もいました。「これは放射能の影響じゃないのか」と考え、「佐伯区黒い雨の会」の設立に奔走しました。
結成総会には会場に入りきれない50人ほどが参加しました。「小学5年生だった」と話を始めた男性は、勤労奉仕の最中に黒い雨に遭ったことを詳細に語り、最後に「私は脳にがんが見つかって、もう長くはない」と話したのです。さらに「自分も黒い雨を浴びた」という話が何人も続きました。
高東さんに黒い雨の明確な記憶はありませんが、近所の人から服が黒くなり、灰が積もった話を複数聞き、「自分も同じ状況にいた」と確信しました。高血圧性心疾患と診断され、今年3月に脳梗塞を発症し、6月には不整脈発作性心房細動で入院しました。「放射能の影響を否定できない11の疾患の一つだと医師に言われ、自分にも放射能の影響があると痛感した。死への坂道を駆け下りているようで怖い」と言います。
■県・市は控訴取り下げ救済を
高東さんの主治医は、コープ五日市診療所所長の佐々木敏哉さん(広島民医連会長)です。「原告のみなさんは満身創痍(そうい)で裁判をたたかってきた」と言います。判決後に原告の女性を往診すると、「苦労が報われた。生きていて良かったと初めて思えた」と話しました。
しかしその後、国の意に従い、広島市と県が控訴。女性は体調を崩し、ADLも低下しました。佐々木さんは「裁判が長引けば、生きているうちに判決を聞けなくなる。国や県・市は控訴を取り下げて判決を確定させ、対象区域を広げて救済すべきだ」と言います。
広島民医連は、発足以来被ばく者医療を行ってきた県連として裁判支援を確認。必ず裁判を傍聴してきました。全ての「黒い雨」被爆者の救済の実現まで、ともに力を尽くす決意です。
(民医連新聞 第1722号 2020年9月21日)
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