診察室から 日薬と目薬
「頭が痛い、喉も少し。胸は時々痛むばってん、腹は痛まん。膝はいっつも痛いとっ! 腰はずーっと痛かぁ」。「今日も頭から足先まで診察させてもらいますね」と応じる。「腫れが少し引いたみたいですね」と、腫れた膝に手をあてがうと、ニコニコと満足した笑顔が応える。身体診察はコミュニケーション。
患者の中に、四捨五入すると100歳になる方々が数名おられる。寒い中、時に戸外で訪問診療が来るのを待ってくれている。診察後は、よちよちと戸外まで見送りに出てくれる。もしも選挙に出馬すれば、5票は固いなと、ほくそ笑む。私の脚で10分程度のコンビニやスーパーまで1時間かけて買い物に外出したり、自宅周辺を散歩して健康管理(もちろん押し車)に努めておられる。
ペインクリニックでは、とりとめのない訴え、治る見込みのない症状に年余にわたっていつまでも固執している患者たちを多く診てきた。話を聞き、いつもの診察をし、また来るように励ましながら診療を続けていた。治らないものや治癒(ちゆ)する見込みのないもの、さらに疾患に伴って生じた人間関係の負の連鎖(夫婦や親子関係など)でも、自分に生じる身体的変化や心理的変化、加齢、社会的価値観の変容などで、時間がある程度解決してくれますよという希望を日薬として、また、苦しみ・悩みながらも懸命に生き続けているあなたのことを私はいつも気にかけています・見ていますよというメッセージを目薬として、慢性疼痛、癌(がん)性疼痛、老人診療の医療現場で対応してきた。
認知症高齢者は世間では敬遠されがちであるが、私は彼・彼女らをリスペクトしている。戦中戦後を生き抜き、荒野と化した日本を現在のように成長させた立役者たちだから。人工心肺、移植、新生児手術、脳死など、モニターや検査データとはかけ離れた訪問診療を、価値あるものとしてこれからも大切に守り続けたい。「100まで生きますから、先生来てくださる?」 答えは当然、「オフコース!」
追記:麻酔科なのに、訪問診療に携わる機会を与えてくださった千代診療所・千鳥橋病院スタッフの方々に感謝いたします。(廣瀬嘉明、福岡・千鳥橋病院)
(民医連新聞 第1721号 2020年9月7日)