新型コロナ危機で国民のいのちとくらしを守れるのか!? 警鐘! 全世代型社会保障
全世代型社会保障改革は、社会保障改革と雇用制度改革を一体的にすすめる改革で、政府の経済成長戦略に国民を総動員し、稼げる国にする「一億総活躍社会」の実現を目標に掲げています。全世代型社会保障でどう変わるのか? 医療・介護・働き方の分野で話を聞きました。
本格的な社会保障改革推進のために、政府は2019年9月に全世代型社会保障検討会議を設置しました(図1)。同年12月に中間報告をまとめ、今年6月に第2次中間報告、12月に最終報告を出す予定です。政府は「社会保障の給付は高齢層が中心で、負担は現役世代が中心」と、高齢層と現役世代の対立をあおりながら、社会保障の削減をもくろんでいます。団塊の世代が後期高齢者になり、社会保障費が増えていく2025年をめどに、医療・介護の提供体制や給付と負担の見直しを行い、人口減少で働き手が減少していく中、2040年をめどに、医療・福祉需要の抑制をすすめようとしています。社会保障が経済成長の邪魔にならないように、高齢者にもささえ合いを促し、社会保障を縮小、医療・福祉は企業のもうけの場にしようとしています。
新型コロナで明らかになった 医師も病床も減らしてはならない
医療制度研究会 副理事長 本田宏さん
新型コロナウイルス感染症の拡大で、あらためて日本の医療の問題点が浮き彫りになっています。
医療費を削減したい人びとから、日本のベッド数が諸外国に比べて多いと、目の敵にされてきました。しかし東京などでは感染者の増加でベッドが足りなくなり、ホテルを借り上げて軽症者を宿泊させる対応が必要になりました。
同時に日本は諸外国に比べてベッド数は多いものの、集中治療室(ICU)が非常に少ないこともわかりました。
爆発的に感染が広がり、死者も多く出たイタリアは、数年前から医療費削減を目的に医師も病床も減らしてきました。日本政府も病床数削減をすすめようとしていますが、単純に病床を減らすのではなく、重症者をきちんと診られる病床を増やすことが必要です。
私は2010年に新聞の連載で、日本の感染症専門医は1015人しかおらず、日本感染症学会は少なくとも3000~4000人の専門医が必要という見解だったことを紹介しています。それから10年。専門医は増えましたが、いまだ1500人ほど。全然足りません。そんな状態で医療現場は新型コロナとたたかっています。
人口1000人当たりの医師数は、OECD(経済協力開発機構)平均で3・5人(17年)ですが日本は2・5人(18年)。もっとも多い徳島でも3・3人です。5番目に多い東京でも新型コロナで医療崩壊になりかけたのですから、医師は「偏在」ではなく絶対数が足りないのです。日本の医師数(32万7210人)をOECD平均並みにするには、あと13万人必要になる計算です(図2)。
日本の医師の4割が過労死基準の年間960時間超の残業をしています。うち2万人は2倍以上の2000時間以上。患者のいのちも自分のいのちも守れません。
厚労省は、医師不足と赤字を口実に、全国で400以上の公立・公的病院の再編・統合を強行しようとしています。このままでは医療の空白地帯が生まれます。政府はミサイル防衛計画には予算をつぎ込みますが、医療や社会保障予算は削るばかりです。ミサイルは避けられても、病気を避けられずにいのちを落とす国民が増えることは、残念ながら間違いありません。
公立病院は赤字、民間病院の一部が黒字ですが、利益率はわずかに1・8%です。そこに新型コロナの影響が襲いかかっています。
国民は高い保険料を払った上に、窓口では3割もの自己負担金を強いられています。多くの国民は「国の財政が大変だから」という政府の説明に、我慢をしてきました。しかし、本当に国には財源がないのか? 税金が何に使われているのか? 国民も医療従事者も知らなければなりません。新型コロナでかつてない危機に直面している今こそ、声をあげましょう。(丸山聡子記者)
介護現場を圧迫する改悪 新しい介護のあり方を
全日本民医連 事務局次長 林泰則さん
昨年12月の中間報告が示した介護分野の改革課題は4つあります。1つ目は「予防と介護をセットで推進」することです。人生100年世代のキーワードは“健康”。しかし、ここでの健康は健康権の実現ではなく、介護費用の削減や、高齢者の働き手を確保する手段に過ぎません。予防と介護をともに推進することで、民間サービスの活用を促し、健康産業の増進、保険外サービスの拡大で企業のもうけの場をつくります。貧困な健康観を土台に、健康は自己責任であることをあらためて徹底しようとしています。
2つ目は「財政インセンティブの強化」。これは、自治体のとりくみを評価し、成績に応じて交付金を配分する仕組みであり、「自立」することが高評価になります。政府が言う「自立」は介護サービスを利用しないことです。自治体に競い合わせ、介護費用の縮小をはかろうとしています。
3つ目の「エビデンスによる介護の標準化」では、データにもとづいて介護の質の向上をはかるとしています。例えば、要介護度が改善したことへの報酬上の評価は必要ですが、一方で、数値に表せない介護の本質的な部分が切りすてられていく危険性があります。
4つ目は「介護現場の効率化と生産性の向上」です。今後、介護の担い手が不足する一方で、高齢化に伴い、介護の需要は増えていきます。そこでロボットやAI、ICTなどの活用で合理化をはかり、少ない職員で利用者をケアする環境をすすめようとしています。しかし、本来必要な職員増員のための処遇改善についてはいっさい言及していません。
給付と負担の関係では、「ケアプランの有料化」「要介護1、2の生活支援を地域支援事業に移行」などの見直しは、昨年先送りされました。これは反対の世論や運動が背景にあったからです。しかし、基本方針の「大きなリスクは共助(社会保険)で、小さなリスクは自助(自己責任)」は変わりません。最終報告などで、介護保険制度改革の論点として何が示されるのか、注視が必要です。
第2次中間報告では、新型コロナウイルス感染症を踏まえた課題も盛り込まれましたが、予算措置の内容と変わりありません。介護事業所の減収分の補てんはなく、事業所の責任で事業の継続をはかるよう促しています。コロナ禍での介護現場の困難の打開を求めるとともに、今後の介護のあり方を変えていかなければなりません。例えば、「密」を避けるためには、さまざまな対策が必要です。こうした対応にふさわしい介護報酬や人員基準に切りかえなければなりません。中間報告が示す給付削減・効率化一辺倒の政策では、矛盾が生じるでしょう。困難はありますが、収束後、日本の介護のあり方が変わったと実感できるよう、現場から、地域から大いに声をあげていきましょう。(代田夏未記者)
多くの労働者が生活の危機 新自由主義からの転機を
全国労働組合連合(全労連) 副議長 岩橋祐治さん
経済財政諮問会議の骨太の方針2020原案や全世代型社会保障検討会議の第2次中間報告には、新型コロナウイルスによる国民のいのちとくらしの危機に対して、「直視して真摯にその対応策を検討する」「これまでの政策を再検証する」という姿勢は全くありません。「これまでの骨太方針や改革工程表(図3)を後戻りさせてはならない」との無反省・無責任な意向も示されています。
昨年12月の中間報告以降、労働分野では高年齢者雇用安定法、年金分野では国民年金法等の「改正」が成立しました(図4)。審議時間はわずかで、実際に議論されていたのは新型コロナのことばかり。十分な議論もないままに、年金だけでは生活できない高齢者に、低賃金で劣悪な労働条件、不安定な「就業」形態で働け、と冷酷に迫る法案が成立しました。
政府は、「人生100年時代」「1億総活躍」「生涯現役(エイジフリー)で活躍できる社会」といった美名でごまかしていますが、高齢者は「働かざるを得ない」のが実態です。高年齢労働者が置かれている現状は深刻です。低賃金で労働条件が劣悪、不安定な非正規雇用が多いのが特徴です。非正規の割合は、労働者全体で37・8%に対し、高齢労働者では76・3%にもおよんでいます。労災の発生率が高いのも問題です。労災休業4日以上の死傷者数における60歳以上の占める割合は26%。60代後半の労災発生率は、20代後半に比べ男性で1・98倍、女性で4・87倍です(総務省「労働力調査」2018、厚労省「労働者死傷病報告」より)。
新型コロナウイルス感染症の拡大で、非正規雇用労働者やフリーランスは、たちまち“生活の危機”に陥りました。正規雇用の解雇回避のために非正規の解雇が正当化されてしまうことは、リーマンショックの時と同様です。加えて今回は、非正規雇用の半数以上が休業補償を受けられずにいます。非正規雇用は2018年統計で2120万人、フリーランスは内閣官房調査で462万人いるとされています。政府はさらに、第2次中間報告でも「フリーランスの適正な拡大」を掲げています。
この間すすめられてきた新自由主義・規制緩和路線の破綻は、誰の目にも明らかです。国と地方における行財政「改革」、公務員削減の問題点も明らかになりました。日本のGDP(国内総生産)に占める公務員人件費の割合は、OECD加盟37カ国中、12年連続で最下位の5・5%です(2015年)。10万円の特別定額給付金や持続化給付金、雇用調整助成金などの手続きが遅れているのは、公務員が少なすぎるからです。
新型コロナ危機から国民のいのちとくらしを守るためにも、新自由主義からの転換が求められています。医療・介護・福祉・教育を担う労働者や公務員を大幅に増やすことも必要です。今まさに、政策転換のせめぎ合いの時期だと思います。国民の怒りの声を力に政治を変えていきましょう。(丸山いぶき記者)
(民医連新聞 第1718号 2020年7月20日)