生活保護の「通院移送費が出た!」 35人でいっせい申請 和歌山生協病院
生活保護で利用することができる「通院移送費」。通院のための交通費のことです。その制度を知らされず、交通費が出せずに通院できない…。和歌山生協病院では、生活保護を利用しているすべての患者に手紙で制度を知らせ、35人でいっせいに請求するなど、制度の運用を広げようとしています。(丸山聡子記者)
「通院移送費のことは知っていたものの、限られた場合のみと誤解していて…。山本さんの手紙で『これは大変だ』と気づきました」。そう話すのは同院サポートセンターのSW・長谷英史さん。
通院移送費は生活保護の医療扶助の一部。公共交通機関やタクシーを使った場合、医師の要否意見書を提出し、利用することができます。
■タクシー代なく、通院途絶え
長谷さんに手紙を送ったのは山本武司さん(55)。手紙には、引っ越しで病院まで遠くなりタクシー代を工面できず、通院が中断したまま…とつづられていました。
山本さんは20代の頃に職場の事故で足腰を負傷、歩行は不自由で障害者手帳は3級です。昨年2月にがんの手術を受け、その後は月2回ほど生協病院に、3カ月に1回、手術を受けた大学病院に通院していました。以前の部屋はアパートの2階で階段がきつく、生活保護の基準内の家賃で1階の部屋を探し、7月に引っ越しました。
引っ越し先から病院までタクシーで10分ほど。中古の自転車をこぐと痛みがあり、長距離は乗れません。山本さんは和歌山市生活保護課の担当ケースワーカー(CW)に「タクシー代を出してもらえないか?」と相談しましたが、「そういう制度はない」「今まで出したことはない」の一点張り。片道1000円ほどのタクシー代を捻出できず、通院は3カ月途絶えました。痛みが出た時は市販の痛み止めや湿布でしのぎました。
■「保護のしおり」に明記
長谷さんらは、市の生活保護課と懇談。保護課職員が通院移送費について十分に理解しておらず、利用者に周知されてないばかりか、「生活扶助費から出すように」などの誤った指導がされていることがわかりました。それを踏まえ「通院移送費は医療扶助の一部であり、通院にお金がかかれば請求できる」こと、「保護のしおり」の医療扶助の項に通院移送費支給のことを明記することなどを求めました。同院元看護師の坂口多美子市議(共産)も市議会で質問。その結果、保護課は「通院移送費は生活扶助から捻出しなくてよい」と認め、「保護のしおり」に通院移送費の説明を追記しました。
そこで、通院移送費を知らせるチラシを作成し、申請に必要な書類を病院で用意。「申請のお手伝いをします。いっしょに申請しましょう」と、同院附属診療所に通院する生活保護利用者310人に送付しました。
「福祉事務所から、知り合いに乗せてもらえと言われた」「タクシーに乗らないといけないほどの症状か、病院に確認すると言われ、あきらめた」などの声が寄せられました。「障害者加算が出ているのだから、そこから出せばいい」と言われた例もありました。移送費は医療扶助の一部で障害者加算とは別枠の問題です。
感謝の手紙が届いたり、「本当に助かります」と涙ながらに電話をかけてきた人も。35人でいっせいに申請することができました。
山本さんにも通院移送費が支給され、通院を再開。「保護課に相談してもダメで、途方にくれていた。通院できるようになって、本当に良かった」と笑顔を見せます。一方「はじめから出してくれたら、苦しまずに済んだのに」と、わだかまりも感じています。
■受療権を守るとりくみ
生活保護のCW1人が受け持つのは80世帯程度が標準とされていますが、和歌山市のCWは1人で130世帯も担当。「細かい運用まで理解しないまま、適切な支援ができていないのでは」と長谷さん。和歌山市で生活保護を利用する人は約9000人ですが、通院移送費の利用は、2017年度157人、18年度は198人にとどまっていました。近隣の自治体の実態も調査。他市と比べても和歌山市は申請書類が多く、手続きが煩雑だとわかりました(表)。
長谷さんは、「過去には、生活保護利用者が、タクシー代が払えなくて病院にかかれず、手遅れ死亡となったことも。通院移送費を出さないのは、受療権を奪っているのと同じ。制度の周知徹底と、簡易に申請できるようにとりくんでいきたい」と話しています。
(民医連新聞 第1718号 2020年7月20日)