ひとりひとりの幸福の実現をめざして 対談 達増拓也岩手県知事×尾形文智盛岡医療生協理事長 被災者医療費免除制度を9年続ける岩手県から
東日本大震災から3月11日で丸9年を迎えます。県として唯一、いまも被災者への医療費免除制度を継続しているのが岩手県です。自治体のあるべき姿をどのように考えているのか、全日本民医連理事で岩手・盛岡医療生協理事長の尾形文智さんが、岩手県知事の達増(たっそ)拓也さんを訪ねました。(文・丸山聡子)
尾形 知事として、被災地復興にとりくんでこられました。復興の一方で、なりわいは震災前には戻っておらず、特に漁業は、大変な状況だと感じています。
そうした中、岩手県では、国保と後期高齢者で被災者への医療費免除制度を続けています。ほかの県では類を見ないような制度の継続は、医療従事者としても非常にありがたいと感じています。ほかの被災県では一定の期間が過ぎれば免除制度が打ち切られ、民医連の調査では、どこでも3~4割の受診抑制が起きています。
なぜ岩手県では、この医療費免除制度を継続しているのか、その思いとともに、なぜできるのか、ということも教えてください。
達増 根本には、復興は「人間の復興」でないといけない、という考え方があります。
毎年度、被災者の健康状態や受療状況などを総合的に勘案し、関係市町村とも協議を重ねています。地域に暮らし、仕事をし、学んでいる被災者にとって必要なことを考えた時、医療費の支援は必要だと感じました。
大規模災害では、いろいろな被害が複合的に重なります。家を失ったり、仕事の場がなくなったり、そうした中で体やこころに不調が出てくることもあります。子どもの問題や学校のこと、介護の問題もあります。そうした時、医療については我慢してしまうことが構造的に出てきます。これは、岩手県保険医協会が毎年行っているアンケートからも明らかです。
医療費免除制度は、県と市町村でお金を出し合う仕組みですから、実施には市町村の了承が必要です。岩手県は震災前から、県と市町村できめ細かく情報共有や意見交換をしています。医療費免除制度も、大事な決定をいっしょにすすめることができていると思っています。
昨年は、県知事選でも公約に医療費免除制度の継続を掲げ、広く県民的な合意をつくることができたという手応えを感じました。
尾形 県知事選挙では医療費免除制度の継続が争点となり、県全体に知らせる機会となりました。
達増 選挙期間中、県内各地で話して歩くことができました。
尾形 私たちは、人間が生きていくのに必要な「衣食住」を、「医職住」と言い換えることもあるのですが、これがなければ、「人間の復興」はなし得ないと感じます。「職」の確保についても力を入れていただきたいと思います。
達増 ハード面での整備はすすみましたが、体とこころのケア、コミュニティーの形成などでは課題も多いのが現状です。漁業や商工業では、震災前の収入より低い状態が続いている方も少なくなく、事業者への支援も引き続きとりくんでいきたいと思っています。
民主主義の原点に立って
尾形 2028年に向けた「いわて県民計画」が始まりました。その理念に「県民一人ひとりがお互いに支えながら、幸福を追求していくことができる地域社会の実現」を掲げています。これはSDGsの「誰もおきざりにしない」という考えと根底で通じると思います。具体的には、どのようなことを構想しているのですか。
達増 県民計画では、「東日本大震災津波の経験に基づき、引き続き復興に取り組みながら、お互いに幸福を守り育てる希望郷いわて」を基本目標としています。
突き詰めると、命が大切だ、人と人とのつながりが大切だ、そして、誰ひとり取り残さないという姿勢でなければ、という信念に至りました。復興の当初から、私たちがめざしてきたものを一つの言葉で表すなら、「幸福」ではないかと思ったのです。
憲法第13条は、生命、自由に続いて幸福追求の権利が明記しています。これを復興の基本原則とし、被災した方々の幸福追求権を守ることを明らかにしました。
大震災に直面した時、やはり民主主義の原点、地域の共同体の存在理由について深く掘り下げました。「生命、自由、幸福を追求する権利」はアメリカの独立宣言に謳(うた)われている内容ですが、民主主義の原点としての言葉でもあり、ここに行き着いたのです。
尾形 今のような考え方は、知事が政治家となる前、外交官として世界を俯瞰(ふかん)してきた経験や視点が生きているのでしょうか?
達増 そうですね。大きな困難に直面した時、それを克服するために、広く多くの人と共有できる価値観を掲げるというのは、国際政治の原則でもあると思います。
尾形 多くの人と共有できる価値観の実践のひとつに、医療費免除制度の継続もあるのですね。
達増 その通りですね。
医療を自治の手に
尾形 「地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会」の発足人代表として声をあげられたことに驚きました。医療過疎地である岩手は医師の絶対数が足りません。どこの病院の院長も悲鳴をあげています。地域を置き去りにしないために、どのようにお考えですか。
達増 知事になった当初から、医師不足と医師の偏在は深刻だと受け止めていました。住民はもちろん、県立病院の院長、医師からも訴えが届いています。そのため、岩手医科大学の医学部定員の増員や奨学金制度の充実など、県としてできることにとりくむと同時に、全国知事会や北海道・東北の知事会などでもこの問題を取り上げ、国に提言するなどしてきました。岩手県は(仮称)地域医療基本法の草案を作成し、制定について国に働きかけてきました。
国が医師確保対策にとりくむとし、公表した医師偏在指標にもとづく医師数では岩手県は全国47位でした。やはりそうか、ガーン、と同時に、岩手から発信する大義名分を得たと感じました。46位の新潟県とも相談し、特に医師が少ない6県で知事の会を立ち上げました。国が医師不足の問題にとりくむと明言したのですから、複数の県で国に迫り、抜本的に解決していきたいと考えています。
尾形 大いに期待しています。
民医連は、人権を尊重し、地域医療を守る、安心して住み続けられるまちづくりに貢献したいという立場です。連携・協力できることはたくさんあると感じました。
達増 県や地方自治体が住民の命と健康を守ろうとする時、医療はなくてはならない存在です。「生命、自由、幸福」の、生命はもちろん、自由、幸福の追求を保障するためにも、医療の充実は最重要の課題です。
自治体が、医師の不足や偏在について何もできないならば、自治とは言えません。「医療を自治の手に取り戻さなければならない」と、知事の会でも話しています。
民医連はその名の通り、民主的な医療をめざしている。それは、私たちがめざすことと同じです。ともに、あるべき医療の姿を実現していきたいと思います。
尾形 はい。 これからも、 ともに手を携えていきたいと思います。
達増 あるべき医療とは、 地域に根ざしていなければなりません。医療は、地域の中で働き、暮らし、特有の自然環境や特有の歴史や文化の中にいる人を診て、治療する。こうした地域医療の感覚を失うと、医療そのものが成り立たないと思います。例えば感染症対策でも、生身の人間が地域の中でどのように働き、暮らしているか、それを抜きにして対策しても、机上の空論となるでしょう。
あるべき医療を実現するためにも、地域が、自治ががんばらなくては、そう思っています。
(民医連新聞 第1711号 2020年3月2日)