フォーカス 私たちの実践 完全側臥位法と咽喉マイクの活用兵庫・訪問看護ステーション共立ひめじ 訪問リハで劇的改善 胃ろう寝たきりから 家族とともに外食へ
食は生きる楽しみ。質の高い食事には、味・見た目・食感を合わせたおいしさと、ともに食卓を囲むといった環境も大切。重度嚥下障害でも、誤嚥を予防し、質を追求したリハビリで嚥下機能を高め、QOL改善につなげました。第14回学術・運動交流集会で、兵庫・訪問看護ステーション共立ひめじの江藤晶子さん(言語聴覚士)が報告しました。
兵庫・姫路医療生協は在宅支援サービスを重視しており、訪問リハビリ専属の言語聴覚士(ST)も多く配置。在宅だからこそできるリハビリがあり、その新たな可能性を示した事例がありました。
【症例紹介】 脳疾患による後遺症と誤嚥性肺炎発症により、胃ろうで寝たきり状態となったAさん。退院後は家族介護と訪問サービス(リハビリ、看護、入浴、往診、歯科往診)で在宅生活を送る。口からはゼリーなど少量のみで、ほとんど食べない生活が1年以上続き、嚥下機能はさらに低下。初期評価では、刺激がないとすぐに眠ってしまい、自発語もない状態。嚥下反射が弱く遅いため、食べものが喉に残り気管へ入りやすい。むせても咳が弱く気管から出せず肺炎になるリスクが高かった。
■残存能力を最大限に生かす
一方、歯科往診と口腔ケアのおかげで、Aさんは口腔内の状態が良く、上手に物を噛むことができました。一般的に嚥下障害が重度になるほど食事形態を下げ、ミキサー食やゼリーが中心となります。しかし、Aさんには咀嚼能力を生かして「好物を形あるまま噛んで食べる」練習を導入しました。バナナや大好物のトマトでは、意欲や覚醒が改善。噛む方が嚥下も起こりやすく、一口量の調整や複数回嚥下など誤嚥予防法を徹底しながら、安全に飲み込める物を選び、毎回新しい食材に挑戦。甘海老や煮物など、食べられる品数を増やしました。
しかし、座位ではどうしても、果汁の多い果物や肉類などでむせました。咀嚼中に出た水分や喉の残留物が、嚥下前に気管へ入るからです。そこで、食事姿勢に「完全側臥位法」を導入。フラットで真横を向いて食べる姿勢は、喉に流れてくるものを受け止める部分が広くなり、重力による気管への流入もなく誤嚥しにくいのです。むせることなく難しい食材で訓練でき、嚥下機能も飛躍的に改善しました。
そこでSTが「外食」という目標を提案。家族は「あきらめていて想像すらできなかった」と驚きの様子でしたが、「介護生活に希望が持てた」と喜ばれました。
■食を通し楽しみのある生活を
日常的に食事を楽しむためには家族指導も重要です。同じ物でも調理法や一口量で食べやすさが違うことを、介助者も食べて体感してもらうことが効果的です。家庭料理は全て網羅し、適切な調整を習得しました。
「咽喉マイク」も導入。飲みこむタイミングは、視覚的にわかりづらいですが、嚥下音を耳で確認しながら介助ができ、安全性は格段に上がりました。理学療法士が車椅子への移乗方法を教え、看護師と日々の体調管理を徹底するなど、多職種連携で支援しました。
半年後、親族も集まり自身の喜寿を祝う食事会に参加したAさん。発病以来、初めての外食で、みんなと同じように特上弁当の全品を味わうことができました。
体調に合わせて、足りない栄養は無理せず胃ろうで補いました。一方、口からは、ステーキや寿司、パン、おかきなど好物を何でも味わえました。それまで、食べられないAさんに遠慮していた家族も状況が一変しました。近所の差し入れ、孫の土産、おせちなど行事の料理も、ともに味わいだんらんできるようになりました。食を通した刺激が脳を活性化し、Aさんの生活にも変化が。起きて新聞やテレビを見る時間が長くなり、地域住民との交流が増え、笑顔や発語が増えました。
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「食」は生きる楽しみです。例えわずかな可能性でも、あきらめずに追求したい。その人に残された能力を最大限に引き出し、生活の中に、新たな目標や楽しみを見出すことも、在宅リハの大切な役割だと思います。
(民医連新聞 第1708号 2020年1月20日)