制度改善、まちづくり… 豊かな実践を持ち寄り交流 第2回 人権としての社保運動交流集会
9月21~22日、全日本民医連は第2回人権としての社保運動交流集会を東京都内で開催しました。38県連から141人が参加し、全国の社会保障運動の実践や経験を学び、討論しました。(代田夏未記者)
テーマ別セッション
2日目は、「事例から始める社保運動」「受療権を守るとりくみ」「社会保障の拡充をめざす地域でのたたかい」「社保運動と職員育成」の4つのテーマ別セッションを行いました。一部を紹介します。
冒頭、岸本啓介事務局長が開会あいさつ。「全国の報告から学び、運動の意思統一し、現場から社会保障をよりよくしていこうと発信しよう」と呼びかけました。
立教大学コミュニティ福祉学部教授の芝田英昭さんが学習講演「人権としての社会保障…医療保険『一部負担』の根拠を追う」を行いました(別項)。全日本民医連の社保運動・政策部から坂田匠事務局次長が問題提起。その後4つの指定報告を行いました。
東京ほくと医療生協の森松伸治さんは、なんでも相談会のとりくみを報告。相談ごとの背景をSDHの視点で見ると、別の困りごとが隠れており、リアルな事例を自治体交渉で伝えボランティアと行政との橋渡しを行っています。
医療生協さいたまの日野洋逸さんは「いのちと向き合う私たち~無低診事業から見えてきたこと」で無低診を利用した人の事例集のとりくみについて、東京・健生会の乾招雄さんは、国保アンケートを行い対市要請行動につなげたとりくみをそれぞれ報告。全日本民医連社保運動・政策部調査プロジェクトからは、小山奈緒さんが手遅れ死亡事例調査から事例の深め方をまとめました。
2日目は4つに分かれてテーマ別セッションをしました(別項)。午後には香川民医連の北原孝夫会長が学習講演「困難事例を医師が発信~SDHの視点で事例を深める」を行いました。
セッション3 社会保障の拡充をめざす地域でのたたかい
●日の出町のまちづくり
東京・三多摩健康友の会 秋川流域支部 河野了一さん
東京・日の出町には民医連の事業所がありません。同町では「子育て支援策の充実と高齢者にやさしい日本一のまちづくり」がすすんでいます。過疎化や少子高齢化対策としてまずは子育てに焦点をあて、町は2005年に「日の出町発少子化対策次世代育成プログラム」を発表。医療費や出産時の助成や、子育てに必要な支払いに使えるクーポンの交付などを行い、年少人口(0~14歳)・出生率ともに増加しました。
つづいて「日本一お年寄りにやさしい町づくり宣言」で、75歳以上の医療費・人間ドックの無料化、健康教室で健康管理の支援などをすすめています。75歳以上の医療費一部自己負担をなくす前は、医療機関のサロン化や医療費の増加を懸念していましたが、医療費は増えず、東京都平均より約20万円少ない結果に。受診を我慢していた人たちが受診しやすくなり、早期発見・治療で症状の重症化を防ぎ、高額な医療費が減ったためだと考えられます。
このようなまちづくりがすすめられたのは町民の強い要望と住民運動、その要求を実現する行政の姿勢があったからです。町民のみんなの意思で運動を続けていくことが大切です。
●重度障害児の医療費 窓口無料復活までの経緯
山梨・石和共立病院・医師 宇藤千枝子さん
山梨の子どもの医療費無料分は償還払いで手間がかかり大変でした。そこで06年に「子どもの医療費窓口無料化を求める会」を結成。3年間の運動で行政は窓口無料の実施を表明し、子ども、ひとり親、重度障害者の医療費が窓口全額無料になりました。
しかし窓口負担金を無料にしたところ、国からペナルティーとして国保の国庫補助を減らされました。県は「重度障害者医療費がもっともペナルティーが大きい」と償還払いに戻しました。しかもペナルティーは国保だけにもかかわらず社保の患者も同時に償還払い(窓口有料)になりました。
重度障害者医療費制度は子どもも利用しており、子どもまで窓口負担金が有料に。14年に「窓口無料の継続を求める署名」を集め、対県交渉を重ねましたが、窓口負担金の有料化を断行。翌月から当事者家族が先頭に立ち、新しい署名にとりくみ、約9カ月で3万5414筆を集めました。
改悪から1年5カ月で重度障害児医療費の窓口負担無料が復活。対象も中学生までに拡大しました。健常児が窓口無料にもかかわらず重度障害児医療費が償還払いという理不尽さや、山梨の小児リハビリの2割を担う当院が運動の先頭に立ったことが短時間で復活できた要因です。引き続き重度障害者医療費の窓口負担無料復活を求める運動を継続しています。
セッション4 社保運動と職員育成
●県連社保委員会でのとりくみ
福島県民医連 山本正典さん
当県連では、県連内の全7法人から社保委員を選出し、毎月1回、委員会を開催。全日本民医連の方針や行動提起を確認したり、「民医連新聞」や『いつでも元気』『民医連医療』なども使い、学習しています。署名など各法人のとりくみ状況も共有し、意見交換をしています。
年1回、県連社保学校も開催。2018年は「受療権を守る」「国保44条、77条を理解し、患者の権利と現場の実践から学ぶ」「無料低額診療事業を理解し、とりくみにいかす」などをテーマに、全国の民医連のとりくみも参考に国保や無低診について学びました。
また東京民医連のとりくみに学び、国会要請行動にも積極的に参加。県内の原発全基廃炉、県内の医療・福祉の充実などを求めて地元出身議員に要請しています。
(丸山聡子記者)
受診抑制につながる一部負担 社会保障としての医療の実現を
立教大学教授 芝田英昭さん 学習講演
1日目に立教大学コミュニティ福祉学部教授の芝田英昭さんが、学習講演「人権としての社会保障…医療保険『一部負担』の根拠を追う」を行いました。概要を紹介します。
■“健康は自己責任”か?
社会疫学の中でイチロー・カワチ氏は「健康は自己の責任ではなく、社会経済的要因が重要」としています。日本では「健康は自己責任だ」と考える人が半数以上いるという研究結果があります。しかし、社会保障改革がすすみ、社会保障、特に医療へのアクセスを悪くしています。その中心には「一部負担」があります。
戦前、旧内務省の数理技官の長瀬恒蔵氏は「医療費の自己負担額が増えると受診抑制が起こり医療費は減少する」とした長瀬計数を開発しました。それによると、3割負担では4割の人が医療を受けられず、4割負担では半数以上の人が医療を受けられないと示しています。半数以上が医療を受けられない保険は、公的保険の役割を果たせなくなるため、医療・介護保険は3割の一部負担で高止まりすると予想しています。
今、日本の医療費は増加しています。そこで政府は後期高齢者の負担額を上げることと、リスクの低い医療費の切り捨てをすすめようとしています。
政府は、後期高齢者の一部負担を1割から2割に引き上げようとしています。将来的には3割負担をねらった途中段階です。厚労省は「年齢によって負担が違うことはあってはならない」と公言しており、遠くない将来には、すべての人が3割負担となるでしょう。
また花粉症の薬や湿布、保湿剤をいのちのリスクが低い薬といい、保険適用から外すことで医療費を下げようと提案しています。
■変わる「負担」の考え方
国民健康保険のホームページには窓口で払う医療費を「一部負担」ではなく「自己負担」と表記しています。「一部負担」は現物給付に際して、その費用の一部を負担させることがあるが制度政策上、変動することがあり固定されていないものという意味です。一方、「自己負担」は自己責任と受益者負担という意味があります。
世論の形成を目的とした厚生労働白書の内容は、年代によって一部負担割合を変更してきました。1950年代後半は5割以上の給付をめざし、健康は自己責任から社会的責任へと転換しました。
60~70年代には朝日訴訟が大きな影響を与え、5割から3割へ負担を引き下げました。80~90年代は2割負担で統一しようとしましたが、2000年代から3割負担の方向性を明白にしました。
一方で、民主党政権の12年は、医療保険は「誰でも」「いつでも」「どこでも」保険を使って医療が受けられる、と提言しました。
このように一部負担率は「その時々の情勢」によって変更され、根拠や理念は存在しません。
■自己負担ゼロで受診減少
なぜ医療を受けると一部負担が発生するのでしょうか? 最大の目的は受診の抑制です。それほど、必要がないのに医療を受ける人が多いでしょうか?
東京23区では07年から小児の一部負担がなくなりました。無駄な受診が増えるのではないかと懸念されましたが、実績では受診数、受診率ともに減っています。いつでも医療にかかれる安心感がこの結果につながりました。
そもそも社会保険に一部負担は必要なのでしょうか? 保険料を払った上に、受診した場合は、窓口でさらに医療費を払うことが当たり前になっています。社会保障は起こりうるリスクのために備えるものです。社会保険への加入は強制される上、受診時に医療費を負担させることは、費用の二重徴収であり、あってはならないことなのです。
自己判断が難しい医療は「どこか悪いかな?」と思ったときに、すぐ受診できることが大事です。医療を遠ざけ、自己判断を促進するような施策は、重篤者を増加させ、医療費をいっそう増やすことにつながるでしょう。
※近著に『医療保険「一部負担」の根拠を追う 厚生労働白書では何が語られたのか』
(民医連新聞 第1702号 2019年10月21日)