フォーカス 私たちの実践 精神科長期入院患者の退院支援 熊本・菊陽病院 戦災孤児、天涯孤独、高齢…周りに認められる体験通じ長期入院から退院へ
5年以上の長期入院が少なくない精神科では退院支援が難しく、退院支援そのものを躊躇(ちゅうちょ)する場面もあります。熊本・菊陽病院東3階病棟では、15年間にわたり入院していた高齢の女性を多職種と当事者グループでささえ、2年半の支援期間を経て退院につなげました。第14回全日本民医連看護介護活動研究交流集会で渡邊典子さん(看護師、現在は平和クリニックに異動)が発表しました。
当院の精神科療養病棟は、5年以上の長期入院患者が50%を占め、年齢層は40~90代と広く、平均年齢は60代後半です。統合失調症やうつ病、依存症、器質性精神障害などの患者が入院しています。入院が長期化することで社会状況や環境の変化へ適応できない葛藤、身体疾患や日常生活能力の低下、過去の体験へのこだわりがあり、家族や支援者との関係も希薄となりやすく、退院支援のハードルは高くなる傾向です。
■変化を逃さず、退院を提案
Aさんは、70代後半の女性で統合失調症です。戦災孤児として養護施設で育ちました。中学卒業後は職を替えながら全国を転々。20代前半で病気を発症、県内の精神科に入退院をくり返しました。60代前半から長期入院となりますが、これまでの傷つき体験から人とのかかわりを拒み、殻に閉じこもっていました。IQ66、GAF(機能の全体的尺度)は50。Aさん本人は、「入院はいや。規則に縛られず自由な生活がしたい」「私のことなんて誰も理解してくれない、病気じゃないから薬は飲みたくない」「糖尿病なんて関係ない。好きなものを食べたい」「お風呂は面倒」と言います。
糖尿病の悪化から白内障も進行し、視野が狭くなり転倒し、骨折。これを機に、多職種カンファレンスを行い、Aさんの生活背景や価値観を踏まえ、言動の裏にある本当の思いを理解しようと努めることにしました。他人に頼ることや積極的な治療に抵抗があったAさんでしたが、徐々に「みんなが親身になって世話をしてくれるのがありがたい」と変化が現れました。白内障の手術後には「世界が明るくなった」「人生捨てたもんじゃないわよ」「我慢しないで受けてみたら」と周りの患者に積極的に声をかけ始めました。
Aさんの変化をチャンスと考え退院を提案しましたが「今さら退院と言われても」と、高齢になり、環境変化への強い不安や施設育ちで、退院先となる施設に良い印象がないことも影響し、居場所がなくなるのが怖いと感じていました。しかし、退院すれば、個室で気兼ねなく過ごせる、好きな音楽をゆっくり聞ける、おいしい食事を楽しめるなど、自由を感じられるとも思っていました。
■ありのままのあなたでいい
「これまで1人でがんばってきたけど、本当は誰かと親しくなりたかったのかもしれない」と、周りの人をよく観察していて、困っているときは教えてくれるAさん。もう一歩を踏み出せるように、当事者同士が不安や希望などを安心して話せて、互いにささえ合えるような場をつくることにしました。5~6人のなじみの女性患者で、オシャレも食事も楽しもう、買い物や施設見学、障害者手帳を使って熊本城を見に行こうなど、退院後の生活をイメージしたさまざまな体験を計画しました。
Aさんはこの活動で、人に感謝されることで自分が癒やされ、認められる経験を通して自己肯定感が高まりました。そして、「最後にもう一回、がんばってみようかな」と退院を決意しました。
退院支援を始めてから退院まで2年半かかりました。その中で、患者の病状や生活背景から価値観をとらえ、信頼関係を築くことが大切なこと、患者の生活の質をより良くするために、潜在的な力を引き出す、高齢者でも変化のチャンスはあると回復の力を信じる、あきらめずにかかわり続けることの大切さを学びました。
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1年後、同じ病棟の長期入院患者とともにAさんを訪ねました。Aさんは「いろいろな活動が楽しみ。四季を感じられるのがうれしい」「早く退院しておいで」と伝えてくれました。Aさんの思いを次につなげられるよう、患者のペースに合わせた意思決定支援を続けていきたいと思います。
(民医連新聞 第1699号 2019年9月2日)