診察室から 話し合いはむつかしい?
会議は院内のどこかで毎日開催されています。私が参加する会議では、ともすれば「報告にかなりの時間が割かれ、論議は十分に尽くされず、時間切れで継続審議」のパターンに陥りがちです。
これまで数多(あまた)ある「会議の開き方」の本を学び実践してきましたが、うまくいかないことが多かったようです。その原因のひとつに会議参加者の年齢やその議題に対する理解度が異なることがあるのかもしれません。しかし、私がいちばん感じるのは「正しい民主的討論のしかたを学校教育で学んでこなかった、教えられなかった」ためではないかということです。
私は会議(話し合い)の目的は「議題に対する参加者の一致点と相違点を確認し、相違点のすりあわせを行い、タイムアップとなればとにかく方針を出して次にすすむことではないか」と思っています。しかし実際は、一致点の確認まではできるのですが、いろんな方向に向かうベクトル(相違点)の折り合いをつけるのが難しい。ベクトルの押し付け合いで終わってしまい、なんとかまとめようとしない場面が多いように感じます。これについて、フランス文学者で武道家の内田樹さんは「話し合いのディセンシー(礼儀正しさ)を守ろう」という表現で呼びかけています。
現在、7月の参議院選挙(ダブル選挙かも)に向けて、全国で市民と立憲野党の統一候補擁立へ向け努力されています。アベ政治を終わらせるために32の1人区で統一候補を擁立しようと、総論では一致できているのに「相違点」で折り合いをつけられない状態で足踏みしています。しかしこの稿が紙面に載る頃には理性が発揮され、すべての1人区で統一候補が立てられていると信じます。
全日本民医連の「未来に向かって民医連の医師と医師集団は何を大切にするのか」でも、「多様性を認める」「多チャンネルによる医師の確保を」と述べています。私も遅ればせながら「話し合いのディセンシー」の技術を鍛えようと、強く感じる今日この頃です。
(樋之口(てのくち)洋一、鹿児島生協病院)
(民医連新聞 第1694号 2019年6月17日)
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