被災地のいのち・暮らしをささえる 医療費窓口負担免除 長期に国の責任で 8年継続の岩手県から
東日本大震災からまもなく8年を迎えます。昨年は各地で豪雨や地震などの災害が相次ぎました。住まいや仕事を失った被災者の医療費窓口負担を免除する制度は、一定期間は国の負担で実施されるものの、その後は都道府県と市町村の負担が発生することから、多くの自治体で早々に打ち切りになっているのが実態です。そんな中、今も全県で医療費免除制度を続けているのが岩手県です。医療費免除が果たす役割や、なぜ継続できているかを取材しました。
(丸山聡子記者)
2011年3月11日、東日本でマグニチュード9の地震と、広範囲にわたり最大9メートル以上の津波が発生。死者1万5895人、行方不明者2539人(18年3月時点)、約90万戸の建物被害となりました。岩手、宮城、福島の被災者への医療費窓口負担免除は、全額国の負担で翌12年9月まで続けられました。
その後は、当該の都道府県と市町村が免除を続ける意思を示した場合、国が10分の8、残りを県と市町村が折半して継続しています。宮城県は12年末で打ち切りを表明。一部の市町村が免除継続を表明しましたが、経年により次第にその数は減っています。
岩手県では、国民健康保険と後期高齢者に限り、全県で被災者への医療費免除を続けています。達増拓也知事は、「いまだ多くの被災者が応急仮設住宅などで不自由な生活を余儀なくされており、医療や介護サービスなどを受ける機会の確保に努める必要がある」として、免除継続を表明しています。社会保険は12年9月で終了しています。
免除継続に大きな力を発揮しているのが、岩手県保険医協会が実施している「東日本大震災被災者医療費窓口負担アンケート」です。打ち切りが問題になった12年から毎年実施し、2000~3000の声を集めています。
■免除で病とたたかえた
アンケートはハガキ方式。被害の大きかった沿岸部に足を運び、ハガキを仮設住宅や災害公営住宅を中心に1軒1軒配布します。返信に料金はかかりません。
現在、免除となっている人に聞いた「負担が発生した場合、どのようにされますか」では、「これまで通り通院する」は32%。「通院回数を減らす」(39・3%)、「通院できない」(18・2%)となり、免除がなくなれば通院は困難、との不安を抱えています(図1)。
被害の大きかった沿岸部は震災前から医師不足、医療過疎の地域。鉄道が復旧していない地域もあり、医療機関までは遠く、医療費は免除でも交通費がかさみます。「県立釜石病院までタクシーを利用すると往復1万3000円かかるので、せめてあと2年ぐらい、医療費免除をお願いしたい」(83歳)などの声が寄せられています。
昨年、大船渡市在住の男性から同協会に手紙が届きました。震災後、仮設住宅で脳梗塞を発症。糖尿病の合併症もあり、医師から透析が必要と告げられました。仕事ができなくなり、赤字決算続きで蓄えも底をつきました。「医療費免除のおかげで病気とたたかい、明日への希望を信じて生きてこられました。(中略)医療費の免除が終わるときに私の命も終わることになります」と、つづられています。
■時間の経過とともに受診控え
社保の人に免除打ち切り後について聞いた質問では、「これまで通り通院した」は39・5%にとどまり、「通院回数を減らした」(37・6%)、「通院できなくなった」(19・2%)で、6割近い人が受診抑制をしていることが明らかになりました(図2)。
調査を担当した同協会事務局の伊藤大さんは、「注目すべきは、震災から年月が経つにつれて『今まで通り通院』が減り、通院を控えた人が増えていること。この傾向は、現在、免除されている人でも同様です。当初は復興への期待や前向きな気持ちがあったものの、復興がすすまず、災害公営住宅では家賃負担が発生することなどから、通院を控える人が増えているのではないでしょうか」と話します。自由記載欄には、「歯医者を途中でやめた。子どもの医療費もいったん窓口で払わないといけないのでつらい」「社保と言っても手取りで15万円程度。異変を感じても、病院へ行くことは控えてしまう」などの声が寄せられました。
伊藤さんは、「医療費は、病院にかかってみないといくらか分からず、病気が判明すればさらにかかるかもしれないため、不安になる。お金の心配をせずに病院にかかれれば、その分を家の再建のため、生活のために使おう、と考えられる」と話します。
岩手県保険医協会は毎年、このアンケート結果をもとに、医療費免除の継続、国が全額負担するよう国に求めること、社保の医療費免除の復活を国に求めること、の3点を岩手県に要請しています。
仮設暮らしは“非日常” 医療費免除が前を向く力に
ささき歯科医院所長 佐々木 憲一郎さん
住民の10人に1人が犠牲となった岩手・釜石市鵜住居(うのすまい)地区。震災から半年後、いち早く診療を再開したささき歯科医院。所長の佐々木憲一郎さんは、鵜住居地区復興まちづくり協議会の会長代行も務めています。地域の歯科医から見た被災地の様子を聞きました。
当院のレセプトは1カ月で約500枚。そのうち医療費免除制度の利用は100人ほどです。
■震災後、二次被害を防ぐ
震災前、この地域の人口は約6700人いました。地震と津波で約600人が命を落としました。大半の建物が津波に流され、8割が全壊でした。多くの人が家を流され、家族や親族、知人を失い、先の見通しも何もない状態でした。仕事はどうなるのか、家は建て直せるのか、どうやって生活していけばいいのか…。そんな時、医療機関への足は遠のいてしまいます。風邪ぐらいでは病院へは行かない。歯科治療はさらに後回しです。
私が診ている患者さんでも、「入れ歯が流されたけれど、やわらかいものなら食べられる」とか、「違和感はあるけど、痛まない」と受診を先延ばしにしていた人が何人もいました。
しかし、被災や避難生活のストレスは、口の中にも大きく影響します。ストレスや疲労の蓄積が心身に変調をきたし、口内の菌は増殖し、歯茎が腫れるなどの急性期症状が現れます。最悪のケースでは、口腔内の菌が原因で敗血症となることも。避難生活で口腔内の清潔を保てずにいたために誤嚥性肺炎につながる場合もあります。
大災害の際には歯科医療が後回しになりやすいからこそ、安心してアクセスできる施策が必要です。震災関連死など二次的な被害を防ぐために重要なことです。
■いま生きている人をささえる
岩手県は全県で医療費免除を続けています。被災者が先の見通しが立たずに苦しい時、医療費免除は希望です。当院でも、患者さんの血圧が高かったり、顔色が悪かったり、いつもと違う様子に気づいた時には病院へ受診をすすめます。医療費免除があるから、気兼ねなく受診をすすめられます。
震災後、歯茎の腫れや入れ歯を治すなど、いわば急性期の治療が多い状態が続き、定期的なメンテナンスなどの通常の診療に戻ったのは、ここ1~2年です。医療費免除があってもそれだけの時間がかかったし、あったからこそ、ここまで回復したとも言えます。
一方、同じ被災地でも、隣の宮城県は、震災の翌年の2012年末には免除を打ち切りました。熊本も地震の翌年には打ち切りと聞いて驚きました。仮設住宅での生活が続いている間は医療費免除を続けるべきではないでしょうか。
仮設住宅での暮らしは非日常であり、「半強制的な暮らし」です。非日常の暮らしを解決できていないうちは、医療費免除制度などで被災者を支援してほしい。復興には大型の公共事業が必要な場合もありますが、医療費の免除はその何百分の一の予算ですみますし、「いま生きている人のいのちと暮らしをささえるために予算を使う」ことが、行政の本分でしょう。
社保の免除打ち切り直後は、当院でも社保の人の受診が激減しました。持ち直してはきましたが、震災前は社保と国保が3対2の割合だったのが、今でもやっと1対1程度。やはり社保の人は受診を控えていると言えると思います。
被災から1~2年の間は、「助かったいのち。前を向いてがんばろう」と気を張っていられますが、先の見通しの立たない高齢者や生活に困窮する人たちは、次第に心身ともに疲弊していきます。岩手でも、被災2~3年後から、うつや自殺が増えていきました。ですから、地震からまもなく3年を迎える熊本は一番大事な時期だと思います。医療費免除がないのは深刻です。打ち切りが被災者にもたらす「見捨てられた」というメッセージは、大きな打撃です。
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仮の住居での避難生活が終わるまでは医療費の免除をする。被災した地域によって支援の内容が違うことがないよう、国の責任で支援が必要だと思います。
(民医連新聞 第1687号 2019年3月4日)