ひめは今日も旅に出る (9)「歴史を刻む街、ベルリンへ」
最後の海外旅行になるかもと思いながら、2017年2月、念願のベルリンに旅立った。
ベルリンはどこもかしこもアートがいっぱい。街の中心部に突如現れる広大なホロコースト記念碑のほかにも、路上のいたるところで大小さまざまなモニュメントに出会う。その多くはたいした説明もなくひっそりたたずんでいる。
ベルリンっ子でにぎわうショッピングモールの入口に、探し求めていた躓(つまず)きの石(ナチスの犠牲になった人の記録)を発見。ユダヤ人を強制収容所に運んだ記録を、駅のホームに刻み込んだグリューネヴァルト駅17番線。クラシックを楽しもうと出掛けたベルリンフィルハーモニーホールの前には、ナチスが障害者を抹殺したT4作戦を記録したプレートがズラリと並ぶ。
日本語堪能な博識ドイツ人に何日か案内をしてもらったが、ベルリンでは資料館などに入館せずとも、一歩街に繰り出せば、第2次世界大戦や分断された東西ベルリンの悲劇、加害の事実と向きあえる。街のなかに戦争の記憶が刻み込まれ、日々の暮らしと過去がつながっている。
ホロコースト記念博物館やユダヤ博物館は建築物としても斬新だった。アートが生みだす不思議なエネルギーに圧倒されつつ、想像力をかき立てられながら学べることが大きな魅力。ドイツの戦争や歴史に対する毅(き)然(ぜん)とした姿勢が端々に感じられ、日本との違いをケタ外れに実感した。
思い返せば、ALS告知を受けてすぐに友人とベルリン行きを決めた。その後、あっという間に車椅子、人工呼吸器導入。戸惑うなか恐る恐る主治医に相談すると、背中をどんと押してもらえ、あきらめずにすんだ。ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所跡を訪ねて以来、いつかベルリンの記憶の文化をたどる旅をしたいという願いがかなった。主治医をはじめ多くの方々が、楽しんできてねと笑顔で送り出してくれたことに、心から感謝する。
文●そねともこ。1974年生まれ、岡山県在住。夫・長久啓太、猫2匹と暮らす。2016年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断をうける。
(民医連新聞 第1673号 2018年8月6日)
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