複合的な困難を抱え 失われた63人の命 歯科でも深刻な口腔崩壊 2017年手遅れ死亡事例と『歯科酷書第3弾』から
全日本民医連は四月一八日、東京都内で記者会見を開き、二〇一七年の「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」の結果と『歯科酷書第三弾』を報告しました。社会保障費の自然増さえ圧縮し国の責任を放棄する政策がすすめられ貧困と格差が拡大するなか、医科・歯科ともに深刻な「手遅れ」が起きていることが明らかになりました。(丸山いぶき記者)
経済的事由による手遅れ死亡事例調査
調査対象は、二〇一七年に民医連加盟六三九事業所にかかった患者、利用者のうち、(1)国保税(料)、その他保険料滞納などで、無保険もしくは資格証明書、短期保険証発行となり受診が遅れ、病状が悪化し死亡したと考えられる事例と、(2)正規保険証を保持しながらも、経済的事由により受診が遅れ死亡したと考えられる事例です。
全国の事業所が提出した事例を集約すると、昨年一年間で六三人が死亡していました。同調査は〇五年から毎年実施し、通算で六三〇事例にのぼります。
調査に携わった全日本民医連理事の田村昭彦医師は、「これらは民医連の事業所がつながることのできた事例で、氷山の一角。毎年ほぼ同数の、尊厳ある死を迎えられなかった人の事例を報告しなければならないことは、医療人として痛恨の極み」と話しました。
■調査の概要
六〇代が五割、五〇~六〇代で六五%を占めました。世帯構成は独居が二八人で四割を占め、住居も借家・アパート住まいが二八人(図1、2)。社会的孤立を生みやすい条件がありました。雇用形態は無職が五割を占め、非正規雇用や不安定な自営業を合わせると七割。稼働年齢の六五歳未満では四分の三が無職か非正規雇用(図3)でした。
受診前の保険種別は無保険と資格証明書を合わせると三五%で、正規の国保証保持も無保険と同数でした(図4)。自覚症状の出現や健診での異常指摘等から受診までの期間は、一カ月以内が一九%(図5)。通院状況では、未受診と受診中断で五割超。受診から一カ月以内に亡くなった事例が四割になり、一週間以内は六件、救急搬送から一~二日以内が五件。死亡原因は、がんが五五%、がん以外は心不全や脳出血など。
■社会保障は国の責任で
五〇代男性Aさんは、農家でほぼ無収入、国保短期保険証で、ともに障害のある無職の母と姉と同居。本人も障害を抱え、大腸がんの手術後、治療費が払えず中断。救急搬送され、無料低額診療事業を利用するが、一カ月後に死亡。親子で何度も生活保護窓口に訪れたのに、申請できず追い返され、救えなかった事例でした。
無保険・資格証明書・短期保険証の事例では、家族や本人の障害や介護など複合的な困難を抱えているのに地域で支援が届かなかったり、無年金や非正規雇用など経済的困難から保険料滞納で無保険になった事例などがありました。一方、正規の保険証を持っていながら窓口負担等から中断、未受診の事例や、生活保護や無低診につなげても救えなかった事例もありました。
概要を報告した山本淑子事務局次長は、社会保障費の自然増すら圧縮する路線を批判し、四月から始まった国保都道府県単位化にも警鐘をならしました。「我が事・丸ごと」地域共生社会では、調査で明らかになったような複合的な困難事例は救えず、経済的困難は、自助・自立では解決できないと指摘。「国の責任で憲法二五条にもとづく社会保障としての医療を」と訴えました。
「口腔崩壊」をSDHの視点で
『歯科酷書第三弾』 を発表
全日本民医連歯科部は、『歯科酷書第三弾』を発表しました。
第一弾は二〇〇九年、「口から見える格差と貧困」として、貧困と口腔崩壊三二事例を報告。一二年には第二弾「貧困と格差が生み出した口腔崩壊」として、無料低額診療事業を利用した二八事例を報告し、経済的格差が口腔の健康格差を広げている実態を「口腔崩壊」という言葉で告発しました。同時に、口腔崩壊の原因が自己責任ではなく、歯科における「手遅れ事例」であることも訴えてきました。
第三弾では、経済的困難にとどまらず、過酷な労働や家庭環境など社会的困難が歯科受診を抑制していること、影響は次の世代まで及んでいることを、全国一二〇の民医連歯科事業所の事例からまとめました。「無料低額診療事業」「子どもの事例」「治療中断」の視点で分類しました。それぞれの事例をWHOの「健康の社会的決定要因(SDH)」と「しっかりと根拠のある事実(ソリッドファクト)」の一〇個の要因に当てはめました。すると、「社会格差」「社会的排除」「社会的支援」の項目が多数を占め、自己責任では片づけられない社会的困難、生きづらさが受診抑制を招いていることがわかりました。
■保険で良い歯科医療を
女子高生のBさんは、貧しい母子家庭で育ち、部活動や弟妹の世話に忙しく、幼少期から歯磨き習慣がなく痛みもなかったことから歯科受診が遅れ、二八本中一七本が虫歯。前歯の虫歯を放置し、マスクで常に隠していました。
ほかにも、交通手段がない高齢者や、生活保護基準以下の低年金・無年金で窓口負担が払えない、長時間労働で、通院や子どもの通院の付き添いができないなど、社会から孤立し、医療から遠ざけられている実態が明らかになりました。歯科は保険外の治療も少なくなく、三割負担も重く受診を控えてしまう状況もありました。
全日本民医連は、「保険で良い歯科医療を」全国連絡会でも活動し、昨年は「保険で良い歯科医療を求める」署名を、民医連として二〇万筆、全国連絡会として三〇万筆以上集め、国会にも提出しました。概要を報告した全日本民医連歯科部長の岩下明夫歯科医師は「すべての人が、保険で良い歯科医療を受けられるよう引き続きとりくんでいきます」と決意を述べました。
(民医連新聞 第1667号 2018年5月7日)