フォーカス 私たちの実践 がん患者の全人的苦痛 鳥取生協病院
無料低額診療事業でがん患者の社会的な痛みを緩和
がん患者は身体的苦痛だけでなく複雑な苦痛を体験しています。無料低額診療事業を行う民医連の存在が、がん患者の社会的苦痛の緩和につながった事例がありました。第一三回学術・運動交流集会で、鳥取生協病院の作業療法士・下石(おろじ)勝哉さんが報告しました。
がん患者が体験している複雑な苦痛は全人的苦痛(Total Pain)と呼ばれ、身体的苦痛だけでなく、精神的側面や社会的側面、スピリチュアルな側面(※)からも捉える必要があるといわれています。具体的には、身体的苦痛は痛みや息苦しさ、動けない、精神的苦痛は不安、うつ状態、いらだち、社会的苦痛は仕事上の問題、人間関係、家庭内の問題、スピリチュアルな苦痛は人生の意味の喪失、死の恐怖などがあります。
患者としての存在意義
私は、鳥取生協病院の作業療法士(OT)として、ある肺がん患者を担当しました。がんの進行により自分の存在意義を失う中、新たに生まれた存在意義は、「“患者”として、無料低額診療事業で治療を継続できたことを多くの人に知ってもらう」ことでした。
【症例】Aさん 五〇代男性。妻と三人の子どもの五人家族。長男と長女は県外の大学で就学中、次男は高校生。X年、単身赴任中に呼吸苦があり、県外のB病院を受診し原発性肺がんステージIIIの診断を受ける。失業し収入がなくなり治療継続が困難となるが、同院のSWの紹介で無料低額診療事業を知り治療を再開。その後、鳥取生協病院に転院。
【経過】
〈介入初期〉七カ月後 リハビリを開始。「完治したらまた家族のために仕事をしたい」という展望が見受けられた。
〈悲観期〉一年後 がんの転移が見つかり、「家族のために仕事ができない」と将来を悲観。父親としての存在意義を失い家族を拒絶。リハビリ中に涙を見せる場面も(図)。心理士が介入。
〈自己の回復期〉一年二カ月後 「がんを患ったことで医療スタッフと出会えてよかった。無料低額診療事業を多くの人に知ってほしい」などの前向きな発言が。病気をしていても役立てる方法(存在意義)を考え、自分の経験をOTが症例発表することに同意。
〈急変〉一年三カ月後 急変し呼吸器装着。二日後に永眠。
Aさんの死後、発表の約束を果たすためAさんの妻に電話をしました。その時初めて、Aさんが子どもたちに「何かあれば鳥取生協病院に行くように」「リハとの関わりが入院中の居場所だった」と話していたことや、病院スタッフに感謝していたと聞きました。
自信もって当たり前の医療を
Aさんの苦しみを全人的苦痛の観点で評価すると、医師や看護師、リハビリスタッフ、心理士の存在が、身体的、精神的、スピリチュアルな痛みのケアとなり、SWや精神保健福祉士の存在と無料低額診療事業が、社会的な痛みのケアになっていました。
苦痛は主観と客観のズレから生じますが、Aさんにとっては、働きたい(主観)けれど、病気で働けない(客観)ことが社会的苦痛でした。そんなAさんから、次第に前向きな発言が聞けるようになったのは、当院のスタッフが苦しみを傾聴し、徹底して寄り添いながら医療活動を行ったことがケアとなり、本人の主観が変化したからです。同時に当院が、無料低額診療事業を行う病院だったことがAさんの社会的苦痛の緩和につながりました。
今回の症例を通し、患者を取り巻く“なに”が患者を苦しめているのか、広い視野をもち評価することが必要で、各医療スタッフの長所を生かした関わりが全人的苦痛の軽減には不可欠だと感じました。また、無料低額診療事業を実施し、差額ベッド料のない私たちの病院組織、事業自体が、個別の関わりだけでは緩和が困難な社会的な痛みに苦しむ人びとをささえていると感じました。
そうした民医連ならではの強みを理解したうえで、自信をもって、すべての患者に対し当たり前の医療を提供し、最後までその人らしい人生を送ってもらえるよう支援していきたいと考えます。
(民医連新聞 第1667号 2018年5月7日)