Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (23)ドイツの一期一会
ドイツにフランクという記者の友達がいて、オランダ留学中、ドイツ南部の山々の旅に誘われた。南部に右翼政党が現れたと報道を聞いたが気にならなかった。ドイツ政府はホロコーストを反省し、いまやナチ党は違法なのだ。フランクはホロコーストに責任を感じている。一方で彼の母方の祖父母は戦中、アメリカの空襲で亡くなった。色んな面で残酷な戦争だった。
登山口でバスを降りると、フランクは「大丈夫、ナチの奴らはハイキングしないから」と笑った。登山道に入り、澄んだ空気の中に小川の音がする。ふとグリム童話の森に運ばれた気がして、もっと山奥を見たくなった。
旅程は1週間で、砂岩の山を登ったり、断崖に立つ城に泊まったり、エルベ川沿いで朝霞みの中を行き来する渡り舟を眺めたりした。最後の夜、森に囲まれたホステルに泊まった時のことだ。暗くなると従業員が焚き火を起こした。その側のベンチに腰を下ろし、フランクとビールを飲みながら旅を振り返っていた時、バイクが何台かやってきて、10人あまりの黒いレザージャケットの中年男性たちが次々とホステルの屋外にあるバーに行った。空気は重くなり、僕らの会話も淀んだ。大柄の彼らの笑い声が黒い森に荒々しく響いた。
彼らはビール瓶を手に、焚き火に来た。リーダーのような男が僕の隣に座り、僕らをしばらく見た。炎を映した目は黒曜石のように光り、鋭かった。彼はドイツ語でフランクと短い会話をした後、僕に英語で「名前は?」と聞いた。
「アーロン。そちらは?」「イェルク」
彼がまた鋭い目線を僕の顔の隅々まで向けている間、焚き火だけがパチパチいっていた。ついに彼が「ユダヤ人か?」と突っ込んできた。
僕の頭の中に、にわか雨が降りだしたようだった。この男達はネオナチなのか? 嘘をつくべきか? 何も言わずに逃げようか? フランクでさえ言葉を失った。結局、その質問に僕はいつも正直に答える。「そう…ユダヤ人だよ」
イェルクはため息をつき、表情を和らげた。「謝りたい。我々ドイツ人が君の民族に酷いことをした。本当に悪かった。すまない」
僕は「大丈夫。過去を忘れないでくれてありがとう」のようなことを言ったと思うが、はっきり覚えていない。覚えているのは、僕の脈拍が落ち着いたことくらいだ。それから、黒いレザー服のライダー達は僕をドイツに歓迎してくれた。
*
最終のエッセイをお読みいただき、ありがとうございました。今後また何かの形でご縁があると嬉しいです。その時まで、どうぞお元気で。
(連載おわり)
文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち
(民医連新聞 第1664号 2018年3月19日)
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