社会と健康 その関係に目をこらす(18) どう動くか 「生活と健康診てこそ、医療」 石炭火力発電所問題で動く医師たち―宮城
社会と健康のつながりを見つめ、どう動くか―を2年にわたって考えてきたシリーズも最終回です。今号では、まもなく被災からまる7年を迎える宮城県内で起きている石炭火力発電所の新設・運転による環境公害問題を通して考えます。発電所からの排ガスが健康にどう影響するか、調査をすすめながら、運転中止を求める住民運動に参加している民医連医師たちがいます。(木下直子記者)
仙台港のフェリーターミナルの正面に太い煙を吐き続けるプラントが見えます。二〇一七年一〇月から運転を始めた石炭火力発電所・仙台パワーステーション(PS)です。昨年九月、このPSの運転差し止めを求め、一二四人の周辺住民が仙台地裁に訴えを起こしました。煤(ばい)煙による健康被害や環境破壊を懸念し「安全な環境で健康に暮らす権利が侵害される」という理由。石炭火力発電所の運転差し止め裁判は日本初です。
■アセスも住民説明もなく
PSが立地する四km圏内には小学校から大学まで一五校、八〇〇m先には野鳥や希少生物が生息する蒲生干潟もあります。ところが、PSの設備容量が環境アセスメント法が対象にする規模(一一・二五万kw以上)をわずかに下回るため、環境への影響も調べず、地域住民に説明すらしないまま着工しました。
「なぜまた石炭を燃やすの?」建設の報道をみた宮城民医連の水戸部秀利医師(若林クリニック所長)は驚きました。自身もPSの四km圏に住んでいます。高度経済成長期に各地で公害が発生しましたが、宮城も大気汚染が強かった地域でした。現在ようやく環境基準値を超えない程度になったのに、再び汚染が始まります。しかも県内の電力は足りています。PSは関西電力と伊藤忠エネクスの子会社の共同出資の発電所、「電気は東京へ、お金は関西へ、汚染は仙台へ」という構図。さらに四国電力と住友商事の資本の火力発電所(仙台高松発電所・仮称)の計画まで(地図)。
水戸部さんが震災を機に関わっている脱原発や市民発電の仲間には、この問題で動き始めていた人たちがいました。地元大学の教員と市民、そして蒲生干潟の環境を守るグループと共に、「仙台港の石炭火力発電所建設問題を考える会」がスタートしました。
「会」は住民の健康調査を行うことに。PSが放出する煤煙は一時間二〇kg、年間で一七五万トン。煤煙に含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物は、呼吸器や循環器疾患を引き起こす「PM2・5」と総称される微小粒子状物質の発生源になります。水戸部さんは、PM2・5の重大な健康被害を指摘する論文を見つけました(The New England Journal of Medicine 201706)。アメリカの公的医療保険・メディケア利用者六〇〇〇万人を一二年間追跡した結果「PM2・5の濃度が一〇μg/立方メートル上がれば、死亡率が七%上がった」という内容。しかも「この量までなら安全」という閾(いき)値(ち)がなく、社会的弱者ほど被害を受けやすいというのです。
調査責任者は仙台錦町診療所の広瀬俊雄医師が担当。産業医の蓄積があり、七〇年代に宮城民医連が大気汚染調査にとりくんだ際の中心メンバーでもあります。
■児童の健康記録を集めて
喘息やアトピー疾患があり、PSの五km圏内に住む小中学生に「症状とピークフロー日記帳」と呼吸量測定器を渡し、咳や鼻水、呼吸量、目のかゆみなどの朝晩の記録を呼びかけ。仙台・塩竃の地区医師会にも協力要請しました。昨年五月から三カ月間の調査では、一〇〇人が登録、三八人の記録を集めました。第二弾の調査では、PSが営業運転を始めた一〇月一日以降の受診児童を対象に、治療薬も把握します。「症状がない」と答える患児でも、強い薬に変更されている場合があります。症状が悪化しているかどうかは、処方薬からも検証可能です。
「気管や肺の細胞は大気汚染に一日さらされただけでも炎症を起こし、呼吸機能に障害が出ます。一〇〇カ国の研究を集約した「世界の疾病負担研究(Global Burden of Diseases)」によると、大気汚染で死ぬ人は三〇〇万人。疾病負担の危険因子は大気汚染が九位で、塩分の過剰摂取(一一位)や高コレステロール(一五位)よりも深刻です」と広瀬医師。「ぜん息は発症すれば簡単に治りません。特効薬の開発を待つより、煤塵を止める方が早いんです」。
水戸部医師も「環境や生活にアプローチしない“医学”は片手落ちだと思います」。
民医連内にもこの問題で「石炭火力を考える会」が昨年八月から立ちあがりました。
この問題への住民たちの関心も強く、二〇一六年に多賀城市内で集会を開いたところ、二〇〇人が集まりました。「地元メディアが私たちに味方したのも大きいかもしれません」と、水戸部医師。
石炭火力、 全国で建設ラッシュ
■保守系議員も「反対」
環境保全の問題には保守系議員が賛同しにくい傾向がありますが、今回は違いました。県議会では自民党のベテラン議員が「これは問題だ」と、仙台パワーステーション(PS)に反対の立場で議会質問を行うなど、与党議員にも疑問や怒りが広がっています。
東日本大震災後、「富県宮城の実現」を掲げ、PSの誘致を促進した村井嘉浩知事は、違法ではないから運転はやむを得ないという姿勢です。「仙台港の石炭火力発電所建設問題を考える会」は、昨年一〇月の県知事選挙で四選を果たした同知事に対し、石炭火力発電所への対応を改めることや、多賀城市と七ヶ浜町に常設の観測所の速やかな設置、モニタリングの強化などを求めました。
■宮城だけに留まらない
なお、石炭火力発電所の建設ラッシュは、宮城県だけの問題ではありません。地球温暖化防止のために活動する気候ネットワークによると、建設計画は判明しているだけで四八カ所(一六年一〇月現在)。世界では温暖化を抑制するために、二酸化炭素を大量に出す石炭火力発電からの撤退が流れです。それに逆行するように、日本では二〇二〇年前後に、新しい石炭火力発電所があちこちで稼働することになりかねません。
日本で石炭火力が推進される背景には、政府の「エネルギー基本計画」が。原発とともに、石炭がベースロード電源に位置づけられ、二〇三〇年の電源構成で二六%にも見積もられています。また、環境アセスメントを簡略化する規制緩和も。一一・二五万kw未満の規模の火力発電所はアセスメント法の対象から外されていることもPSのような規模の石炭火力発電所が建設しやすい一因です。
いま宮城で起きている住民運動は、問題が宮城だけに留まらないことを知らせてくれています。
(民医連新聞 第1662号 2018年2月19日)
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