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民医連新聞

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Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (21)名前が消える

 息子のファーストネームは日本の名前をつけた。ユダヤの習慣では亡くなった親戚の名前を子どもに与えるので、ミドルネームは移民してきた曽祖父の名前、さらに妻の祖父の名から一文字をもらって2つ目のミドルネームにした。
 息子が5歳の時、僕たちはアメリカに引っ越したのだが、それまで日本語の名前で呼ばれていた彼は、自分の名前を意識しはじめた。そして、アメリカでは曽祖父の名前を、日本にいる時は日本の名前を名乗ることに、自分で決めた。「違う言葉で生活するのだから、その方が楽だ」というのが彼の理屈だった。
 しかし、7歳で日本に戻ると、彼は名前に悩みを持つようになった。普段はお喋りが止まらない彼が、水泳教室から帰ったある夜、妙に静かだった。訳を聞くと教えてくれた。数週間前に更衣室でひとりの男の子に「お前、なに人?」と聞かれた。「ユダヤ人」と息子は答えた。「ユダヤ人? 何それ、ははは!」。それから息子は更衣室に入るたびに名前で呼ばれず「ユダヤ人来たよ! あはは!」と大声で言われ、他の子ども達にも笑われた。
 僕は息子の気持ちが分かった。「自分の民族をからかわれたくないし、名前で呼んでほしいのは当然だ」と僕は言った。なんで日本人の血も入っているのに、ユダヤ人だと答えたか尋ねると、「僕はユダヤ人だと感じるから」ときっぱり答えた。僕が知らないうちに彼はいろいろ考えていたようだ。
 息子は児童館でも似た経験をしたらしい。児童館にいる子ども達は息子の名前を尋ねず、「外人」と呼んでいた。「自分にも名前がある」と言っても聞いてくれないから、息子は児童館の先生に相談した。先生がいる時は助けてくれたが、いなくなるとまた、同じ戦いが繰り返された。
 こんな状況が続く中で、僕は息子とアイデンティティーについて話すようになった。自分は何者だろう。どのように見られているんだろう。こういう嫌がらせにはどのように対処すればいいのか。自分たちと異なるグループに属する人間を個人として認識せず、グループとしてしか見なければ、その人の自分らしさは削られるのだ。息子が平和的に言葉で抵抗したのは正しかったのだ。
 いつか息子がこんな目に遭うと分かっていたが、親として悔しい。僕も7歳ぐらいで初めて「ユダヤ人はみな地獄に行く」と言われた。場所や内容などは違っても、苦い味は同じだ。


文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1662号 2018年2月19日)