2018年 藤末衛会長 新春インタビュー “すべての人の社会保障の実現”掲げ政治を変える
二〇一七年はどんな年だったか、二〇一八年の展望をどう切り開いていくのか、藤末衛会長に聞きました。(丸山聡子記者)
■安倍政権の1年と憲法
二〇一七年は、憲法九条を守れるかどうか、戦後最大の危機を感じた一年でした。その中で、やっぱり大事なのは市民の声と運動だと確信しました。憲法・平和の問題とともに、社会保障も含めて市民と野党が議論する場が生まれたことは、非常に重要だったと思います。そして、核兵器廃絶の道へ大きく一歩を踏み出す核兵器禁止条約が、被爆者と世界の市民の運動を原動力に、国連で採択されました。
総選挙を前に民進党首脳が乱心し、野党共闘に亀裂が入ったかに見えました。しかし、二〇一六年の参院選の経験と蓄積の上に、市民の側が野党共闘を粘り強く追求した結果、立憲民主党が誕生し、「憲法を守る」野党は一定の地歩を築くという新しい局面が生まれました。
安倍政権は、「北朝鮮の脅威」を最大限利用してアメリカとともに力を見せつけようという異常に好戦的な姿勢、また森友・加計学園など国政私物化の疑いが濃厚になる中、「ていねいな説明」と言いながら、正直には説明しない不誠実な姿勢を貫きました。「選挙で勝てば国民も黙るだろう」というような許しがたいものでした。
そして選挙が終われば、国民の最大の関心事である社会保障について近年の厳しい削減を「成果」と答弁する有様です。社会保障給付は高齢化のために額では増えていても、対GDP比では減り続けています(下図)。
また昨年は、労働者を切り捨てにしながら内部留保を貯めに貯めた日本のものづくり大企業が偽装・不正を長らく続けていたことが発覚し、信頼を失った一年でもありました。そうしたことが起きても、大企業の利益は守り、徹底して奉仕する姿勢を示したのが安倍政権でした。
■人権としての社会保障
一一月にパリで開かれた「全ての人民の社会保障を受ける権利」シンポジウムに招かれました。テーマは「新自由主義に対抗し、権利としての社会保障をいかに守るか」でした。新自由主義的政策のもとでの社会保障の後退や途上国の困難など、どう反撃するかを議論しました。
議論の中では、ヨーロッパの社会保障の歴史とレベルを知り、「権利としての社会保障」の歴史的文脈や意味合いが日本とは違うと感じました。日本では、故・小川政亮先生が一九六〇年代に「権利としての社会保障」を提唱しました。「全ての国民に生存権を保障する義務が国にある」というニュアンスで捉えられています。
一方、ヨーロッパでは第二次世界大戦後に福祉国家への道を歩み始めましたが、その過程では労働者階層とそれを代表する政治勢力が労働者の保険料と雇用者に出させたお金で、年金と医療保険制度を自分たちでつくったという歴史と自負がある、と受け止めました。国が社会保障の給付内容を削減しようとすると、「自分たちの制度を国家が侵食するな」と反発し、敢然と立ち上がるというわけです。「緊縮政策反対」の社会保障運動は労働運動の分野でも中心的な課題になっています。
私は日本の社会保障の歴史と課題について報告しました。報告後、EUの委員をしていたというイタリア人から、「社会保障が削減されても、なぜ日本人はもっと怒らないのか。自分たちの権利が取り崩されようとしているのに」と聞かれました。診療の場面で、生活保護を「福祉の世話になっている」と言う人は少なくありません。社会保障を「お上からの施し」と捉えている人もいます。日本では、たたかう側の論理には「権利としての社会保障」は確立しているが国民の常識には至っておらず、「お金がない」という国側の“理屈”に、「仕方ない」としてしまう傾向がありはしないか。与えられるのではなく勝ち取る社会保障という認識を広げること、運動の当事者性を重視することが大切だと思います。
■社会保障からまちづくりへ
いま政府がやっていることは、あらゆる場面で国民を分断し、競わせ、結果として社会保障全般にわたって削減していくことですから、「全ての人に“人権としての社会保障”を実現する」ことを私たちは運動の軸に据えなければなりません。
団塊の世代が年金生活になりましたが、年金だけでは暮らしていけない層が膨大にいます。また、働いても普通に暮らせない非正規雇用はもはや当たり前になりました。正規雇用の非正規への置き換えが大規模にすすんでから二〇年、あと二〇年すれば、その世代が六〇歳になります。年金では暮らせず、生活保護など所得保障が必要な人が大量に生まれるでしょう。それを回避するために、政府は「総活躍」、「全世代型」、「共生社会」などの言葉で、「年金や社会保障に頼らず自立しろ」と国民に迫っているのです。
民医連綱領がめざすのは、無差別平等の医療と介護であり、すべての人が尊重される憲法どおりの社会です。多くの先進国と言われる国々もそうですが、とりわけ日本は超高齢社会であり、急速に経済格差も拡大しています。そして、大都市部は後期高齢者が今後も激増し、現在の過疎地だけでなく中規模都市まで人口減少がすすみます。まちを住みよいものに、暮らしをささえ合えるコミュニティーに創造してゆかなければ、医療も介護も成り立ちません。そのためには、四〇〇兆円を超える大企業の内部留保をはき出させ、全ての国民が人間らしい生活を送れる富の再分配と環境づくりに回す、住民本位のまちづくりを応援する政策が必要です。
医療や介護は生活インフラです。広く国民の合意をつくり上げ、財源を明確にした社会保障が野党共闘の共通政策に明確に位置づけられるようなとりくみを重視したいと思います。
■地域の財産としての医療介護
社会保障、とりわけ医療や介護を充実する政策が支持されるためにも、民医連として新しい「医療・介護の二つの柱」((1)貧困と格差、超高齢社会に立ち向かう無差別平等の医療・介護の実践、(2)安全、倫理、共同のいとなみを軸とした総合的な医療・介護の質の向上)の実践を通して連携を強め、「無差別・平等の地域包括ケア」のあるまちづくりを展望しなければなりません。医療や介護の提供側が国民に信頼されなければ、何も前にすすみません。
新しい「医療と介護の二つの柱」は、二年前の四二回総会から、民医連が掲げてきたものです。一つ目の「格差と貧困の拡大」・「超高齢化社会」は時代のキーワードであり、これにとりくむためには二つ目の医療・介護の総合的な質を上げることが不可欠です。各県で急速に医活委員会が再開・強化され、地域の現状を深く捉えてニーズにあった実践をする動きが始まっています。他の医療機関や施設・事業所、共同組織はもちろん、幅広い地域の組織やグループ、行政との協力・連携の中で役割を果たして無差別・平等の地域包括ケアをつくり上げ、地域の財産とする、そんな新たな発展期を迎える年にしたいものです。その中でこそ、民医連の人づくりもすすむと思います。
■民医連職員の今日的役割
医療や介護は専門分化し、職種も増えました。その中で、民医連職員としてどうあるべきか。一般的に、医療や介護の仕事をする者の使命感ややりがいを重視することは当然です。同時に、民医連の職員としてがんばることの意味を掘り下げ、確信を持つことが大切です。
病院の規模や機能分化がすすむ中で、求められる役割と自分の技術や専門分野がマッチしないこともあります。例えば、得意としている手技が自分の病院でできなくなった場合にも、地域連携の中で協力してチームとして役割を果たすスタンスが重要ではないでしょうか。地域の住民が必要とする医療介護をその地域の医師・スタッフがチームで提供し、力量も上げていく仕組みをめざしたいものです。多職種協働も事業所を超えてすすめるべきだと思います。
また、民医連の事務集団は、事業所の中をまとめるだけでなく、「地域にとっても必要な事務職」になることが重要です。第三回評議員会で今日的な事務集団の役割をまとめましたが、地域の問題を地域の人たちとともに解決するために運動する、という民医連事務のやりがいを感じてほしいと思います。
格差社会を改善しようという運動は、医療・介護だけではできません。まして民医連だけで突破できるものではありません。市民の運動から政治参加まで、主権者として大いにとりくみたいものです。
■憲法を不断に実践する
民医連では二年間にわたって憲法学習大運動にとりくんできました。安倍政権は今年、いよいよ具体的に憲法を書き換えることに着手しようとしています。重要なことは、誰が、何のために、どう変えようとしているのかを見通すことです。
憲法九条の価値を多くの国民が認めています。九条二項の戦力不保持と自衛隊を併記すれば、矛盾が生じます。なぜなら、現在の自衛隊は、すでに現行憲法が否定する「戦力」となっているからです。戦争法により集団的自衛権を行使して海外で武力行使し得る存在であり、その現実装備も攻撃的な実力を備え、今後いっそう強化する予定です。
安倍政権が提案しようとしている「自衛隊加憲」は、違憲の戦争法にもとづく海外での武力行使を合憲化するためのものといわざるを得ません。改憲の目的のひとつを「北朝鮮の核・ミサイル問題に備える」とすることは間違いです。トランプ政権が北朝鮮と戦争を始めてしまい、日本が巻き込まれれば、日本や韓国の被害は甚大なものになるでしょう。日本の米軍基地が重要な攻撃対象となるでしょう。そのような事態は絶対に回避すべきです。
今やるべきことは憲法九条を「変える」ことではなく「実践する」ことです。東南アジアの一〇カ国中、九カ国が賛成する核兵器禁止条約を日本が批准し、北朝鮮に東アジアの非核化を呼びかけることです。
九条を守る運動は、改憲発議に反対しつつ、九条を積極的に実践することだと思います。核兵器禁止条約を批准しよう、北朝鮮との戦争を未然に防ごう、戦争より社会保障に税金を、と呼びかけたいと思います。
(民医連新聞 第1659号 2018年1月1日)