Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (18)警察(1)
郊外から都心に帰る時はセミの声を聞きながら歩くのが夏の習慣だ。駅まで徒歩30分。駅に近づくほど、セミの声は潮が引くように小さくなり、いつの間にか車の荒い音ばかりの賑わいに巻き込まれる。
ある昼下がり、駅前で目の隅にゆっくり進むパトカーが入った。何となく見られた気がしたが、特に気にしなかった。いつものことだ。
数十秒後、訳のわからない声が小石のように後ろから投げられてきた。英語のつもりで誰かが話しかけたのだと思い、振り返った。2人の警察官が僕の方へ早歩きしていた。やっぱり。
「何でしょうか?」と僕は立ち止まって日本語で返した。
「在留カードを見せてください」と1人が言った。
「まさか」と僕は呟き、財布を出した。昼休み中の人々の視線をトゲのように肌で感じた。僕は犯人のように見えるだろう。
「カードを持っていないんですか?」と1人は更に僕に近づき、息を感じるほど迫ってくる。以前と同じだ。容疑者を不安がらせる技だろう。財布を開きカードを探した。
「持っています。僕は何か怪しいことをしましたか?」と聞くと、「どうしてそう言うのか?」と言い返し、数十センチの距離で僕の目を睨む。これも技だろう。在留カードを持っていない外国人がその場で逮捕されたニュースを思い出した。「僕を止めたから」と言うと、「確認しなきゃいけないんです」と言う。
僕は在留カードをやっと見つけて渡した。ひと息つきながら、にわかに自分の体の異変に気づいた。全ての毛穴から汗をかき、熱いはずの風が妙に涼しく感じた。手は枯葉のように小さく揺れている。不安がらせる技も利くんだ。悪くないのに、何か悪いことをしてしまった気さえする。
「なぜ確認する必要あるの? こういう顔をしているから?」と、小さな声で挑発的にたずねた。
「いえいえ」と静かな方の警察官が口を切った。「呼び止める人の大部分は日本人ですよ」。彼はカードを返し、笑顔で「See you again」と、なまりのある英語で言って2人でパトカーに戻った。僕は深呼吸をし、「また会いたくないよ」と思いながら駅に入った。
翌日、日本人にその出来事を話すとみんな驚いた。職務質問は夜遅く自転車に乗っている時にあるそうだが、駅前の人混みで職務質問されるとは誰も聞いたことはなかった。日本人と同じように扱われたいと思ってきた僕は、気分が重くなった。おそらく、肌の色のせいで狙われた。そして息子もいつか同じ経験をするだろう。日本の国籍があるにも関わらず。
文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち
(民医連新聞 第1658号 2017年12月18日)
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