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民医連新聞

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Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (10)猿

 毎年、大学の夏休みにはトカゲの研究に参加していた。山奥で30cmくらいのトカゲを捕まえ、体重や長さを計ったり、遺伝子分析のために血液を採ったりしていた。時々報復のようにトカゲに噛まれて血を流したが、蝉が鳴く山に入る毎日は幸せだった。大学院で猿を対象にして似たような研究を行うのが夢だった。が、3年目の夏休みに研究室での仕事が増え、さらに遺伝学の授業をたっぷり取ったせいか、生物学に飽きを感じた。
 霊長類学の授業でニホンザルにひかれたので外国語に日本語を取ったら、想像よりも楽しかった。十分に単位を取った後でも日本語の勉強を続けていたので、生物学への興味が薄くなった時に日本語の先生に相談した。勧められたのがJETだ。JETはアメリカやイギリスの大学卒業生を雇い、日本の公立学校に英語教師として送る文部省のプログラムで、日本語の勉強を続けられるし、学生ローンを返せるというのだ。1~2年教えたら生物学に戻ろうと思ってJETに申し込んだら、運がいいことに受かった。
 出発前日、アメリカ中部からのJET参加者はカンザスシティにある日本領事館に集まった。新しい生活、カルチャーショック、仕事内容についての説明役は、JET経験のあるアメリカ人担当者だ。説明会後、彼はホテルの自室で二次会を開いた。
 夜が更けると、部屋が暑くなった。お酒と熱で顔を赤くしたり、目が半分閉じたりする人もいた。女性たちはそれぞれの部屋に戻って、残ったのは男性のみ。油っぽい汗をかいている、30歳ぐらいの男が担当者に「学生とデートしてもいいでしょうか」と聞いた。蒸し暑い部屋が沈黙に満ちた。アメリカならそれは違反だ。そしてこの男は女性が全員去ってから質問した。「在学中はまずいけど、卒業後はどうぞご自由に!」と担当者は答えた。
 部屋を見回すと大部分の人は即座に顔をしかめた。まるでチョコレートを万引きしたように微笑みながら頷く人も数人いた。
 僕は後で知ったのだが、学生や教え子と付き合いたい人は稀(まれ)ではあるものの、日本人女性に関しては多様性と現実を否定するイメージがある。「白人好き」「英語で喋りたがる」「自分の言う通りに従ってくれる」などなど。噂が積もれば、固定観念が出来上がる。本物の女性より、このイメージと付き合いたい男もいる。
 「どうしてJETに申し込んだの?」飛行機を待つ間、学生と付き合いたがっている男は僕に聞いてきた。
 「猿」と僕は答えた。


文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1650号 2017年8月21日)

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