2018年4月に迫る 国民健康保険「都道府県単位化」ならいは?
政府は二〇一八年四月から国民健康保険を「都道府県単位化」する予定です。これは、二〇一五年の「医療保険制度改革関連法」により安倍政権がすすめる社会保障制度改革の柱のひとつ。国保は日本の国民皆保険をささえる重要な制度ですが、保険料負担が重く、滞納への厳しいペナルティーなどで生活を圧迫し受診抑制につながる問題を現在でも抱えています。どのような改変でどんな影響が懸念されるのか、動向に詳しい中央社会保障推進協議会(中央社保協)の山口一秀事務局長に聞きました。(木下直子記者)
都道府県単位化とは
国民健康保険は、市町村が「保険者」となり運営されてきました。そこに都道府県が「保険者」に加わり、財政を管理し、運営はそのまま市町村に行わせて統括・監督するというのが今度の「都道府県単位化」です。
財政の流れは下図のようになります。都道府県は国保の事業に必要な費用を市町村ごとに割り当て【納付金】、市町村は国保の加入者から保険料を集め、都道府県に納付金を納める、都道府県は市町村に保険給付に必要な費用を拠出【交付金】します。
保険料値上げ
まず心配されるのは国保料(税)が大幅に値上げされないか、という問題です。
保険料を決めるのはこれまでどおり市町村ですが、都道府県が提示してくる「納付金」の負担額や、保険料のめやす「標準保険料率」を参考に決めねばなりません。都道府県が出すこれらの数字は各市町村の医療費、国保加入者の数や所得を参考に、高齢者の数など年齢構成の影響を調整したものですが、市町村にとれば「医療費がかかれば保険料が上がる」という圧力にほかならず、住民への負担を強化したり、医療費を抑制する方へ動くことになります。
なお保険料値上げの不安材料は他にもあります。たとえば保険料が一〇〇%集まらなくても納付金には猶予も減額もない点です。いまも加入者の一割弱が保険料を滞納しています(全国平均)から、市町村は滞納分を見越して保険料に上乗せし、納付金を支払おうとする可能性が高くなります。さらに国保の財政が厳しくなれば一般会計から補てんしていた「法定外繰り入れ」も、廃止の方向が打ち出されています。この補てんの多くが保険料値上げを緩和するために使われてきました。
県で一律の保険料「統一保険料」の導入を表明している府県もあります。保険料は高い市町村に揃えられることが予想されます。
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実際に、一部の県が発表した試算を見るだけでも保険料は値上げ傾向です。厚生労働省は昨年一一月、都道府県に市町村ごとの保険料額の試算を提出させていますが、結果は公表していません。私たちは同省に公表するよう要請していますが、予想以上の値上げになり、騒ぎになるのを避けるために公表できないようです。同省は試算の算定指標を修正し今月末に三度目の保険料試算を出すよう都道府県に求めています。移行作業は予定より遅れています。
滞納への制裁強化
保険料を滞納した人から正規保険証を取りあげる(短期証や資格書を発行)「制裁」や、差し押さえなどの収納対策が今以上に強まることも都道府県単位化で心配な点です。
現に「来年の予行演習」として差し押さえの通告書が大量に送付された自治体(下)も出ています。
県単位化前に大量の差し押さえ通知
…和歌山
和歌山市では今年度、国保料の滞納のある480世帯に「2週間以内に対応をしないと差し押さえる」との最終通知を送っていた。通知が届いた人が社保協関係者に相談し判明。滞納分を誠実に分納していたが、額が少ないという人まで対象にしていた。抗議して中止に。市は滞納に対して「払えば相談をする。払えなければ差し押さえる」という方針で、担当者は「来年度に向けて滞納を無くしていくための試験的なとりくみ」とした。
いま国保が抱える問題
国保は新制度移行以前に、放置できない問題があります。
加入者は低所得なのに保険料が高すぎることです。かつては自営や農林水産業に従事する人が主に入っていた国保ですが、いまは「無職」が四割超、非正規労働者など「被用者」とあわせると八割近くが低所得者です。加入世帯の平均所得は下がり続けているのに、保険料は大幅上昇(下図)、滞納者が増えて当然です。
低所得者が入る公的保険は、国庫負担でささえるのが本来のあり方ですが、日本政府は逆に国庫負担を減らし(八四年)、おまけに一年以上滞納した世帯から正規の保険証を取り上げる制裁の義務化まで行いました(〇〇年)。
滞納者への差し押さえは税務署もやらないような厳しさで、「残金五九円の貯蓄を差し押さえた(東京)」事例まであります。回収というより制裁です。都主税局は滞納STOPキャンペーンで「滞納はさせない 放置しない 逃がさない」を掲げたので、窓口担当者が保険料を払えない住民に寄り添う姿勢にはなりにくい。
最近よくみる「保険料を払わない人はサービスが受けられなくてもしょうがない」という主張は社会保障に対して国が負うはずの責任をごまかすものです。
他の施策と連動する改悪
国保の都道府県単位化は「医療保険制度改革関連法」によりすすめられていますが、同法は国保の他、医療給付費を抑制する「医療費適正化計画」、病床数の認定と管理を行う「医療計画」、病床機能を再編・縮小する「地域医療構想」、そして「介護保険事業計画」の互いの整合性を確保するようにとわざわざ指示を入れています。
都道府県にこれらの権限を集中させれば、例えば「医療費を抑制したいから、地域の病床を減らす」といった操作が簡単になります。国保の都道府県単位化は、他の社会保障抑制計画とも深くつながり連動します。これが安倍政権の社会保障改革なのです。
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国民の「生存権」を保障した憲法二五条の実質的な解体が、粛々(しゅくしゅく)とすすめられている状況です。
運動は地域を足場にすすめ、近県の動向をつかみ、自県に働きかけることも有効です。準備も周知も遅れた都道府県単位化は延期、一般会計からの繰り入れは継続し、国保料(税)の引き下げ、国庫補助金増額を求めていきましょう。
介護離職者に超短期証、滞納回収が優先されて
…京都・あすかい歯科
京都市の国保料は最高額54万円。滞納者の保険証の取り上げや給与が差し押さえられ受診できないなどのケースが無料低額診療事業の利用相談を通じて明らかになっています。あすかい歯科では患者さんと国保窓口に同行するなど、受療権を守る努力も行いつつ、事例を発信し、国保の改善を求めています。
最近、母親の介護で離職した男性の相談が入りました。7年間自宅介護し、今年、親御さんは施設入所しましたが、これまでの生活費や介護費用に貯えを切り崩し預金は残り数千円。頬がはれインターネットで無料低額診療事業を行うあすかい歯科を見つけ電話してきました。本人が国保証を求め窓口へ行くと、「保険料が払えないなら今回だけ」と脅し口調で、3日間の超短期証を発行。診察では全顎的歯周炎の悪化で急性化膿性歯肉炎と診断されました。
治療を続ける必要があり、今月、事務長が役所に同行して保険証発行を求めましたが、窓口担当者の上司が「公平性の観点から発行できない。特別の事情がある例外として、通院の必要を書いた病院の証明と分割納入の『念書』を」と条件を出してきました。診断書は不要なはずだと指摘しても「皆ぎりぎりの中で保険料を払っている」と平行線。患者さんの保険料は減額されていましたが、過去2年と今年度I期分の計は15万7950円。無収入の介護離職者に払える額ではありませんでした。
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同歯科ではほかにも、最低賃金で働く高齢男性の無低診の相談を通じ、この方が国保料滞納回収で毎月3万5000円が給与から差し押さえられていることを掴みました。男性は歯がない状態でした。
滞納額が20万円以下になるまで短期証が発行されず、2年ぶりに保険証が出てやっと義歯が入りました。この患者の同僚も、保険料滞納で保険証を取り上げられていた上、やはり毎月3万5000円が差し押さえに。資格書でぜん息治療を中断し、発作を頻発しており、それでも「病気に見えない」と言って(!)保険証を出さない窓口との交渉のすえ、生活保護を申請することになりました。
各県の動向を共有し、互いの改善運動の力に
…中国・四国地協
国保都道府県単位化をめぐる動向を地協(地域協議会)レベルで共有しているのが中国・四国地協です。
今年の地協総会で各県の地域医療構想をとりあげ、各県でどう向かうかを報告・議論しました。その後どうとりくんでいるか交流を続けることに。地協の「ニュースレター」も創刊し、新制度での国保料の試算を発表した県のデータを出すなどしています。いま、各市町村との懇談の結果が集まりつつあります。保険料の値上げを懸念したり、「延期した方がいい」「小さい市町村にはデメリットが大きい」など不満も続出。この問題で県に対して議会で意見書をあげた自治体も出ています。
「四国の全県が試算を公表していないなど対応や進捗にバラツキがあります。ニュースを読んで初めて自県の現状を知り、『これは運動しないと』という空気を呼び起こす助けにはなっていると思います」と、発行を担当する西村峰子広島県連事務局長は話しています。
(民医連新聞 第1650号 2017年8月21日)