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民医連新聞

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Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (7)過越(すぎこし)の祭で

 苦い。西洋ワサビを舌に乗せ、エジプトで我々ユダヤ人が奴隷だった時代を思う。塩水の入ったボウルにひたしたパセリを口に運ぶ。固い茎と葉をかじりながら祖先の涙を思う。林檎、クルミ、ワインで作ったハロセットという甘いペーストを食べ、エジプトでレンガを作らされたことを思う。ユダヤ教では神の「4つの約束」を表すためワイン(子どもは葡萄ジュース)を4杯飲む。この食事で「過越(すぎこし)=ペサハ」という祭が始まる。食べ、祈り、昔を思うことで、その昔エジプトから解放されたことを祝う。
 9歳の頃、友人の家で過越を祝った。その夜は葡萄ジュースだけじゃなく、ワインにも注意を払おうと決めていた。大人はワインを4杯飲むが、もう1杯注いで、誰も手をつけずに置いておく。大人の話によるとユダヤ教の聖書(トーラー)にも出てくる預言者エリヤのためのワインだ。エリヤが救世主が来ることを告げにくるかもしれないという。注いだ後、彼が入って来られるよう表の扉を開けておく。その夜、父が扉に一番近かった。彼は笑顔で扉を開け「エリヤ、おいで!」と言った。みんな笑った。祭の食事は進む。開けっ放しの扉からは春の夜の冷やかな空気しか入ってこなかった。
 翌朝、父にエリヤや過越について聞いてみた。彼が信じているのかどうか知りたかった。しかし、父の考えを尋ねると、いつもまず僕の考えを説明させられる。僕は、「葡萄ジュースは好きだけど過越は信じがたい」と言った。父は過越で笑ったような笑い方をして、「私もそう思う。恐らく、夕べ集まったみんなも同じだろう。今では伝統のために祝うんだ」。
 僕が知っていたユダヤ人はそんな感じだったが、大学では違った。
 1年生の秋、寮の外に座って色んな学生と話した。ユダヤの民族衣装を着る人もいれば、ユダヤ文化に浸かっているのに無神論者もいた。「信者じゃない」と言いながら、豚肉を食べないユダヤ教の戒律を守る学生もいた。僕の知らない祭や大学の隣のユダヤ交流館の話を聞いた。多様性に圧倒された。そして僕がどれほどユダヤ人に固定観念があったかを思い知らされた。近くから彼らを見ると、まるで砂粒のように1人1人に独特の形や色がある。頭の奥の埃が積もった所にこの事実は潜んでいたが、いきなり目の前に現れて驚いた。「血」以外に僕とこの人たちとの共通点はあるのか? うまく言えなかった。


文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1647号 2017年7月3日)

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