「総がかり」で守ろう いのちくらし 日本小児科学会前会長 五十嵐隆さん 子どもの施策にもっとお金を 多くの人と変えていきたい
社会保障の削減に総がかりで立ち向かおう―。連載二回目は、日本小児科学会前会長で、現在は国立成育医療研究センター理事長を務める五十嵐隆さんに、「子どもの貧困」と、医療者の役割について聞きました。(丸山聡子記者)
ヨーロッパやアメリカの小児科学会では子どもの貧困問題が必ず取り上げられます。一〇年ほど前から「貧困問題は小児科医がとりくむべき課題」として熱心に議論されているのを目の当たりにし、カルチャーショックでした。
小泉政権(二〇〇一~〇六年)が非正規雇用をぐっと増やした頃から貧困問題が顕在化したというのが医療現場での感覚です。
人間は不平等な存在です。しかし子どもたちは自ら選んで「不平等な社会」に生まれてくるわけではありません。全ての子どもたちがこの社会で生きていけるようにすることが、医療にかかわる私たちの責務だと思います。
日本にある“不平等”
日本でも本人負担のない公費の予防接種が増えましたが、諸外国と比べると自費(任意接種)のものが残されています。自費のロタウイルスやおたふくの接種率は四割程度で、貧困世帯が多い地域ほど接種率も低いというデータがあります。歯科の受診率も同様で、貧困世帯の子どもほど虫歯が多くなっています。
子どもの健康格差は、親の働き方、経済格差によってもたらされています。生まれた環境によって、その子の健康状態が左右されるような状態は、すぐに改善しなければなりません。
日本の子どもの貧困率は一六・三%でなお増加傾向にあるのに、子どもの施策への公的支出はGDP比一・三%で、OECD加盟国の平均二・三%を大きく下回ります。子育てに公的なお金を出さない国です。
アメリカでは出生前~二一歳までを「小児期」とし、プライマリ・ケア医が約二〇年間にわたって子どもと家族をフォローします。年一回は健診し、一人に三〇分以上かけ、診察や予防接種、カウンセリングを実施。思春期には学校の成績や人間関係にも耳を傾け、必要があれば親を外して話を聞いたり、性教育もします。アメリカの子どもの九割が自己負担なしでこうした健診を受けています。
日本では三歳を過ぎると就学時まで健診制度がなく、あとは学校健診のみ。病気の有無程度しかチェックできません。学校では昨今、性教育にも制約があります。病気への対応の水準は高く、新生児、乳幼児死亡率は世界でもっとも低いのに、心理的、社会的な支援には診療報酬もつかず、小児科医が関わるのは難しい現状となっています。
医療者の役割とは
医師や医療者は子どもや家庭に介入しやすい立場です。家庭の状況を見極め、社会資源につなぐことが、医療者の役割の一つです。
二つ目に、専門職として貧困が子どもの健康に与える影響や子どもたちの現状を調査・分析し、社会に発信すること。子ども食堂などは大切なとりくみですが、これはいわば「川下」の対策です。「上流」にある貧困そのものの解決のためにとりくむことは、専門職としての使命です。
民医連の小児科医たちが何年も前から子どもの貧困にとりくみ、発信していることに注目していました。東京大学の近くにあった民医連加盟の氷川下セツルメント診療所では、太平洋戦争前から子どもを診ると同時に地域で生活改善にとりくんでいました。小児医療の歴史は、貧困にあえぐ家庭の支援と密接に結びついています。医療者が貧困問題にとりくむのは政治活動ではなく、社会活動です。
多くの皆さんとともに、子育てにお金も手もかける社会をつくっていきたい。実現は困難ですが、やらなければいけない課題です。
(民医連新聞 第1643号 2017年5月1日)