手遅れ死亡58人-2016年 貧困と制度改悪に人生を奪われ 全日本民医連が記者会見
全日本民医連は三月三一日に国会内で記者会見を開き、二〇一六年の「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」と「介護困難八〇〇事例調査」の結果を報告しました。いずれも民医連加盟の医療機関、介護事業所から寄せられたもの。二つの調査からは、お金の問題から医療機関にたどり着けず命を落とす人たちの広がり、介護保険料を払い続けてもまともに介護サービスが受けられず、本人のみならず家族までもが追い込まれている実態が浮き彫りになりました。(丸山聡子、丸山いぶき記者)
経済的事由による手遅れ死亡事例調査
調査対象は、二〇一六年に民医連の加盟事業所にかかった患者、利用者のうち、(1)国保税(料)、その他保険料滞納などで無保険もしくは資格証明書、短期保険証発行により病状が悪化し死亡に至ったと考えられる事例、(2)正規保険証を保持しながらも、経済的事由により受診が遅れ死亡に至ったと考えられる事例で、全国の事業所が提出したものを分析しました。昨年一年間で五八人が死亡していました。同調査は〇五年から毎年行い、通算で五六七事例です。
調査のまとめにかかわった全日本民医連理事の田村昭彦医師は、「この患者さんたちは、体調の悪さや自らが死に向かっているのを自覚しながら、あきらめている。この調査を毎年行わないといけない事態に、医療人として悔しく悲しい気持ちだ」と述べました。
調査概要
五〇~七〇代が九割を占め(図1)、過半数が独居。家族と同居でも子が無職で親のわずかな年金が頼りだったり、障害者や要介護の家族のケアで自分の体調を後回しにして手遅れになったなど、労働条件悪化(図2)や貧困、それらを支援する制度の不備が背景にありました。五七%が借家・アパートで、住居費が生活を圧迫していました。
無保険、国保の資格証明書・短期保険証が三二件(図3)。「経済的理由」「国保加入手続きせず」は二四件で、生活保護を受けていたが打ち切られた際に国保に未加入という事例も二件でした。
山本淑子事務局次長は、「現在すすめられている生活保護制度の見直し作業では、頻回受診の適正化など医療扶助抑制が議論されている。さらなる受診抑制につながる」と指摘しました。
“改革”は「手遅れ」増やす
山本さんは、国の社会保障制度改革は、「手遅れ死亡」を増大させると告発。国保の都道府県化で保険料負担が一気に増大する自治体があること、政府が来年度以降の負担増の項目に合意したことに触れ、「このやり方を転換し、国の責任で憲法二五条にもとづく社会保障としての医療の実現を」と求めました。
また、以下の六点を提言しました。(1)憲法二五条にもとづく権利としての社会保障の実現、(2)「国民皆保険」を守る、(3)地域に必要な医療・介護・福祉の体制の拡充、(4)誰もが払える国保料、窓口負担の軽減、(5)社会保障の財源は、消費税に頼らず大企業や富裕層の応分の負担で、(6)生活保護の抜本改善、最低賃金の引き上げと雇用劣化の規制、住宅や教育、年金保障の充実、自治体職員の体制確保と相談窓口の充実。
介護困難 800事例調査
昨年一〇~一二月の三カ月間、軽度者(要介護1・2)の利用者約八〇〇人について調査しました。介護保険の次の見直しの中心テーマである「軽度者」のサービス利用状況や本人・家族の困難を明らかにし、「生活援助」「福祉用具」「通所介護」の制限や利用料引き上げをすれば、どのような影響・困難が予想されるのか、専門職の視点で明らかにしました。表1の四つに該当する事例が対象です。
概要報告
制度の見直しで予測される影響・困難は、「状態や病状の悪化」「会話・コミュニケーション機会の減少」「外出の機会の減少」が上位に(図5)。報告した林泰則事務局次長は、「軽度と言うと介護サービスをさほど必要としていないという印象だが実態はそうではなく、軽度者へのサービス切り捨ては、状態悪化や認知症の進行、介護する家族の負担増大や離職、家計への圧迫など、在宅生活が継続できなくなるような深刻な事態を招く」と指摘し、安倍首相の「影響は見られない」との国会答弁は、実態とかけ離れていると批判しました。山田智副会長は、「介護保険制度は改定のたびに使い勝手が悪くなり、利用者は病状を悪化させ、介護事業者は経営困難に陥っている」と述べました。
事例からは、生活援助や通所介護を利用し、家族が働きながら介護も担っている様子(別項)や、認知症の夫婦が、生活援助などのサービスに見守られて在宅生活を続けていると分かります。これらのサービスを専門職ではないボランティアに移行すれば、在宅生活は立ち行かなくなります。
林さんは「政府は制度見直しを繰り返しながらその影響を検証していない」と指摘。「新たな給付削減・負担増方針の撤回」「実効性ある『介護離職ゼロ』政策の実施」「利用者・家族の現状を踏まえた制度の改善」を求めました。
会見に出席していた藤末衛会長は、「家族で介護をし、経済的問題もあり、受診が手遅れになるなど、医療、介護は密接な関係にあることが二つの調査で見えてきた。このデータをもとに改善提案をしていきたい」と述べました。
手遅れ死亡事例から
国保証留め置きで無保険状態
【六〇代男性】
三カ月十分に食事しておらず、動けないと知人から相談。独居で携帯電話も止められ所持金は一〇〇円。国保料を滞納し、保険証は役所に留め置かれていた。何年も受診しておらず入院。腹腔内の多数の腫瘍を認める手遅れ状態と判明。入院一九日目に死亡した。
国保証はあったが、収入なく
【六〇代男性】
下肢痛、腰痛で他院に通院していたが、右の臀部から下肢の痛みが続き、歩行困難になって救急受診。ステージIVの肝臓がんで骨転移、緩和ケア適用に。約一〇カ月後に死亡。成人した長男、長女と同居していたが、長女は高校中退の派遣労働者。長男には障害があり、その年金と失業手当、貯金を切り崩して生活していた。
生活保護を受けていたのに―
【八〇代女性】
無職の五〇代息子と同居。一年前から歩けなくなってこたつで過ごし、バケツに排泄していた。入浴は一年なし。食事ができなくなって救急搬送。壊死性筋膜炎、敗血症で全身状態悪く、積極治療が行えない状態。息子は衰弱する母に対応できず、別世帯の娘が生活保護の担当CWに相談したが、特段の対応はされず。CWは訪問しても玄関から先に入らず、本人の状況を確認していなかった。
介護困難事例から
独居世帯への影響
【七八歳男性・要介護2】
生活保護受給。心不全、両膝関節症、統合失調症で通院中。身寄りがなく歩行困難で、買い物、掃除、ゴミ出しや外出介助を利用。生活援助が外されると、生活環境の悪化や健康影響が懸念される。外出に必要な車いすが福祉用具の対象外となれば、生活の質低下の恐れも。生活環境悪化は精神疾患の悪化にもつながりかねない。
家族全員が困難に陥る
【六五歳女性・要介護2】
入院中の夫、長男と三人世帯。糖尿病悪化で入院がちだったが、視力も低下し自宅内で転倒を繰り返す。生活支援の利用は週二回。もっと必要だが、経済的理由で抑制。長男は早朝から夜まで就労し、家事・介護も担う。主な介護者だった夫は、体調不良を自覚しつつ受診を控えていた後、救急搬送されて大腸がんで緊急手術が必要な病状と判明。入院費を滞納するなどお金に困っていた。ケアの担当職員は「介護サービス利用が減ると病状に合わせた食事や服薬ができなくなる。病状悪化は確実で、世帯全体が困難になる。介護者が健康を害し、介護放棄にもつながりかねない」と懸念する。
同居家族への打撃
【九二歳女性・要介護1】
娘と二人暮らし。視覚障害があり介助がないと外出は困難だが、娘は午後から夜までパートで不在、娘が働かなければ生活が立ち行かない。家事・買い物代行や受診同行など生活援助、風呂なしアパートなので通所の入浴などを利用。見直しで入浴と送迎介助が家族負担になる可能性が。娘は、母親のサービスが切り捨てになった場合、仕事を辞めることになることが不安で不眠を訴えている。
(民医連新聞 第1642号 2017年4月17日)